Marguerite

〜マーガレット〜 

 

 

 

珍しくヴィンセントが自分からシドの家を訪れた。

「フェニックス、かぁ?」

白い来客用のティ・カップが、ヴィンセントの華奢な掌に抱かれてうっとりと彼を見上げている。ウェッジウッドも彼の手にあるといっそう輝く、シエラは何となく、そんなことを考えていた。

「是非、譲りうけたいのだ」

「オレ様はマテリアにゃ興味ねぇ、誰が持っていようと構わねぇが」

なくしてはいないはずだ。槍に装着したまんまだったか?思い出せない。
「待ってろぃ、」
自分の部屋へ探しに行った。

「このごろ忙しそうですね。」
甘いお菓子をすすめて、シエラが笑った。

ジュノンから届いたある資料に関わり始めてから、ヴィンセントはあちらこちらと出歩くようになった。朝、診療所でドクターと話しているかと思うと、姿が見えなくなる。そのまま何日も見えなくなって、ふらりと戻ってきたりする。疲れたような様子はなく、むしろ体にちからを漲らせているような、使命感に燃えているようで、頼もしささえ伺えるのだ。

「あなたほどでもないが」
ロケット村のメカニック養成工房の教官として、シエラはかなりの有名人になってしまった。本人は嫌がったのだが、後継者の必要性を説かれると受けないわけにもゆかず、慣れない講義などもこなしていた。

爽やかな香りに気がついて、
「マーガレット・・・」
ヴィンセントは目を細めた。

シエラはこの花が好きだ。
庭にたっぷりと咲いた白い花を楽しんでいる。小さな鉢植えにしたものはキッチンの出窓に飾ってみた。片付けもののついでにちょこっと水をやる。とても綺麗だ。

「真実の愛・・・、あなたにふさわしい」

いったい、ヴィンセントという人は物知りが過ぎる。花言葉なんて、女の子がほんのいっとき夢中になって、やがて忘れるものなのに。それに、いまのは大切な女性に一回だけ使う決め台詞だ。

「ふふ、艇長が言ってくれたら素敵なんですけど」

いたづらっぽく笑わないと、空気が濁ってしまう。シエラは顔が赤くなっていないか心配になった。

世の中に絶対というものはないが、かなりの確率で絶対に近いものを一つあげるとすれば、シドがその手の台詞を自分に使わないことだろうと、シエラは思った。
ちょっと寂しい気もするが、もしも言われたら醒めてしまうかもしれない自分が嫌だ。シドにそんなことを言わせる自分がいやなのだ。言われなくても、自分はシドを大切におもっている、それでいいのだから。

ジャベリンを持って戻ってきたシドは、ヴィンセントが微笑んでいるので呆れた。コイツといい、弾丸オヤジといい、ヒトの女房をなんだと思ってるんだ。
なつくんじゃないよ。
わざと鼻先に向かってぶぅんと振りまわしたが、いつものごとく、ヴィンセントはまばたき一つしない。予想通りなのでつまらない。

「けっこう育ってるぞ、マスター寸前だ。ほれ、」

懐から取り出した【デス・ペナルティ】に、怪しく輝くマテリアを装着した。
「あなたには世話になってしまった。感謝しています。」
シエラの手を取ると、膝を折った。物語のナイトそのままの挨拶だった。
大マジメなのがわかるから、万感胸に迫るものがあった。何かを吹っ切った男の清々しささえ漂わせている。
「シド、私はなすべきことを見つけた。暫く留守にするが必ず帰ってくる。」

声をかけようとしたシエラを目配せでたしなめて、シドは右手を差し出した。血が滾っていた。2秒の握手で、ヴィンセントの心象が直接シドの中に流れこんできた。
シドは大きく頷いて応えた。
「必ず、帰ってこいよ。」

 

ばたん、と閉じたドアに溜息をついた2人は、どちらからともなく抱き合った。
「行ってしまいましたね、」
「あいつのことだ、うまくやるに違いねぇ」
「なんだか、もう会えなくなるような気がして」

そうだな、言いかけて止めた。
――ハートの熱い男なら、シエラに惹かれないわけがない。こんないい女、後にも先にもいるもんか。残念だったな、オレ様よりも先にコイツを見つけ出せなかった自分らの不運を嘆くこった。
「な〜に、きっと戻ってくるって。あいつぁよ、もう棺桶ん中で眠ってるような後ろ向きなことだけは出来ねぇんだとよ」
「そうだといいんだけど・・・」
――お前にゃ、本当にお別れをしたんだ。ま、気づかなかったろうがよ。

 

 

行き先は北の大空洞

この体はどんなことをしても滅びることはない。だから一人で行く。私が行かねばならない訳があるのだ。【フェニックス】はその仕事にどうしても必要なのだ。
もしかしたら消滅させてしまうかもしれぬが、それは許してほしい。シエラさんの友情には感謝の言葉もない、私にとっては宝だ。おかげで決心がついた、私は風に吹かれることにした。シド、あまり彼女を困らせないことだ、肝に銘じておけ、幸せ者め。

見上げる空に月影はない。星明りの夜。

ヴィンセントは北を目指した。