BlockquoteOne more time, One more chance

 

 

白いマーガレットをたずさえて訪れるのが
彼だとわかるのに、
いくらも時間はかからなかった。

声もかけずに、
ただ、立ち尽くし
私の姿が見えないとわかると
溜息をついて
花を置いて去っていく

姿を見せることなど
とても出来ない。

私はもうこんなに年老いて
だからもう、
恥かしくて、
とてもあの人には
会えない。

 

 

 

 

 

昨日もまたあの人は来た。
そして白いマーガレットを置くと、行ってしまった。

前の花がしおれるころになると、
それを知っているかのように正確にやってくる。

いつの頃から、
あの人のくるのを待ちわびる自分に気がついた。

花がもっと早くしおれたら
あの人もすぐに来てくれるだろうか

 

 

 

 

 

 

マーガレットがチューリップにかわり
そして白いカスミソウになった。
スズランになったかと思うと
バラになり、
そしてユリになった。

長らく忘れていた時のうつろひを
彼の訪れと
花の色で感じるなんて。

 

 

 

 

 

 

 

ヒマワリを置いて去る彼のマントを初めて見送った。

激しく傷んで、
ところどころ千切れていた。

 

 

そしてコスモスを置いた後姿に思わず手を伸ばした。

彼は振りかえった

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「その紅い目にうつるのは…?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「死ねない女にまだ何か?」

わけもなく泪があふれてきて、見たい人の顔が滲んでいく。こんなふうに、すべての記憶も滲んでなくなればいいのに。

「私はまたあなたを苦しめているのか、」

懐かしい、私の耳から消えない…懐かしい声

あなたの優しさを受け入れることができなかった。
私は科学者・ルクレツィアでいたかった。
差し伸べられた手を取れば
ただのちっぽけな女になってしまう、
それがこわかった。

背を向ける以外に何ができただろう・・・こうして今もまた。

それを答えと受取ったのか、
ヴィンセントは、祠を出ていった。

 

どうして泣くのだろう
床に突っ伏して
のどが破れるほど声を上げて
泣いて、泣いて・・・

何故あなたは私の前に現れたの?
もうこれ以上、私を惨めにしないでほしい。

 

 

 

 

 

 

 

花がしおれてもう随分になる

自分で拒否しておいて
彼の厚意を期待するなんて…

また罰が当たったのね

ばかなルクレツィア


けれど、
もしかして
彼の身に何かが起こったのだとしたら・・・

傷んだマントを見たとき
彼が独りきりなのを感じだ。
勘が外れてほしかった。

もしも、彼が
誰にも気づいてもらえず、
朝露だけが彼の為に泣いているとしたら。

 

 

 

 

 

祠の外に出るなんて、
自分の意思で出ようとは。
眩しさに目が慣れるまで暫くかかった。

青空
頬を撫ぜる風
鳥の声
草の囁き
日の光
鏡のような湖面

空気が甘い香りでいっぱい

何ということか、辺り一面が花畑になっている。
風にそよぐ名残のコスモスが秋の終わりを告げている。
「こ!これは・・・」
ざっ、
草を踏み分ける音がした。
バラのアーチの下に、会いたいと願ったひとがたたずんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルクレツィアのもとに届けた花のほとんどは、ヴィンセントがここで育てたものだと後で知った。
草花がよく育つ、
ここは、土地に力があるようだ。ライフストリームの流れがかなり浅いところにあるにちがいない。
彼はそう言った。

「あなたの助けが必要なのだ、」
満身創痍、文字通りの姿で、ほとほと弱りはてた様子に思わず、

「ヴィン!」

もう決して呼ぶまいと、封じこめていたその名前を青空の下で口にした。
出会った日の、青空・・・
わたしね、あのね、…
あなたの前では怒った顔ばかりで、ごめんなさいね。

「ヴィン、ごめんなさい。どうしたらあなたに許してもらえるか、わからなくて!」

こんなに素直に思いを口にすることができるとは。
胸のつかえを取り除いてくれたのは、ヴィンセントが丹精をこめたこの花畑かもしれない。

「許しを乞うのはあなたではない。
この私だ。罪はすべて私にある。
あのとき、
あんなつまらないことで意地を張らなければ…。
まさかこんなにもあなたを苦しめることになるとは…。
ルクレツィア、私が悪かった。
謝る。
許してもらえるとは思わないが、言わなくてはならないことだ。
私が悪かった。」

ヴィンセントは草むらに手をついて謝った。

「だが今は、」

様子がおかしいヴィンセントに駆けよった。

 

 

 

 

 

 

 


ヴィンセントは赤ん坊を抱いていた。

「この子のために、あなたが必要なのだ」

ものすごく似合わない、ヴィンセントの腕に乳児・・・

「この子は?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あなたの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

すやすや眠る赤ん坊を抱き取ったら、乳房が痛くなった。
この重み・・・
私も一度だけ母親だったことがある。
わずか6週間で取り上げられたけれど。

花の咲く小径に座って赤ん坊の頬をつついた。
小指で唇に振れると、赤ん坊ははっきりと自分の意思を示した。

この子が誰の子で、どんな事情があるのか、そんなことよりルクレツィアの母性が胸のボタンをはずすことを望んだ。ヴィンセントにはちょっとだけ背中を向けて、自分のお乳を含ませた。

花に囲まれて腕の中を見つめるルクレツィアに金色の光が静かに降り注いできた。

残念ながらそれは、ヴィンセントにだけ見えた幸福な風景だった。

 

 

「私の子・・・ね」
赤ん坊の背中をさすってやりながら静かに尋ねた。
くぷっ、かわいいごちそうさまにルクレツィアの表情が和んだ。そういう所作を忘れていない自分がとても愛しく、懐かしく思えた。

傷だらけのマントをはずして草むらに敷くヴィンセントが、
「こんなに重くて扱いにくいとは」
思わなかったと、自分の肩をとんとんたたいて僅かに、ほんの少しだけ、見逃しそうなほど一寸だけ、口元に笑みを浮かべた。
まるで出会ったあの日のまま、何も変っていないのではないかと信じてしまいそうになった。

アナタノエガオニマタアエタ…。

赤ん坊をマントに寝かせて、小さい掌を調べた。右手の中に、見覚えのある紅いあざ。
「あなた、どこにいたの?さびしかったでしょうに・・・」

「星の胎内で泣いていた。遅くなってしまったが何とか間に合った…」

あなたが「花」をはこんでくれるようになってからなの。
どうしても、あなたに言わなくてはならないことがあって。

耳鳴りがする
体の奥から声がする
決断を
告悔を
いま
この人の前で

「この子と…、私は生きるわ。私が守らなくては」

償い
責任
実験の遂行
母性本能

あらゆる理屈に対して、私は首を横に振る

命は、混沌の闇の中に輝く一瞬の光…だから。
ワタシノカラダカラアフレダシタ、あなたを慈しみたい。

あなたは私としか繋がっていない、だから愛しい。

 

何が起こっているのか、脳髄が熱い。
ルクレツィアの思いだとすぐに気がついた。

アナタノタメニワタシハヤクニタチタイ!
アナタニツタエタイ、ドウカ!

「あなたと、あなたの子は、私が守りたい」

ヴィンセントの真摯な言葉を受け入れるのに、自分のしでかしたことは、あまりに罪深い。
何より、こころやさしい一人の青年への仕打ちはとうてい許されるものではない…
生命を弄んだ【ジェノバ計画】への責任はまだまだついて回る。

「この子を見つけてくれたことはお礼を言うわ。でも、あなたがそこまでしょいこむことはないのよ。だって、この子は」

イマコソ、オモイノタケヲ、コレガサイゴノ!
「愛する人の子です。」

ルクレツィアはしずかに目を閉じた。

今のルクレツィアにとって、それは辛い一言だった。
素直に受け入れられたらどんなに幸せだろう、けれどそれはできない。

「私は、あなたのそばにおいてもらえるような者ではないの・・・」

アナタノエガオヲトリモドシタイ!ソレガワタシノネガイ。
「違う、私があなた達の傍らにいるのです。」

もっと、もっといろいろ、たくさん、話したいことがある。けれど2人とも言葉を見失って絶句してしまった。思いは、正直なおもいはたった一つ、同じひとこなのに。

赤ん坊がむずかりだした。
ようやく首が据わった、小さないのち。ルクレツィアはそっと抱き上げてあやし始めた。開いた瞳に自分の顔がうつる。ごめんね、独りぼっちにさせてしまって。

ヴィンセントは、語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

星を救う戦いを勝ち抜いて、ロケット村で暖かく過ごした日々のこと。

棺桶に戻ろうと考えたが、それは罪の償いにはならないと言われたこと。

診療所を手伝って、かつての知識や経験がひとの役に立ったこと。

ジュノンから一枚のMOが届いたこと。

それには【ジェノバ計画】の全貌が記されていたこと。

思いがけない事実を知ったこと。

再び北の大空洞へ赴いたこと。
――いくらヴィンセントでも、たった独り行くのは無謀というものだった。おかげで自分でも呆れるほどぼろぼろになってしまった。

そして、星の胎内で弱々しく泣いている小さい命を見つけたこと。

ソルジャー・セフィロスは幻影にすぎなかった。ジェノバの意思が呼び集めた虚像。あの実験で生まれた肉体は生後15週目の赤ん坊のまま、ゲル状物質の中に封じ込められていた。

母親から引き離された悲しみが、肉体の成長を止めた。
「ジェノバの意思と、貴方の遺伝子が作り出した肉体の意思がせめぎあい、結果、メテオを呼ぶことになったのです。」

淡々と語るヴィンセントの前髪を、緩やかな風がわたってゆく。

赤ん坊はルクレツィアの腕の中で眠ってしまった。

「よかったわね、セフィ・・・」
腕の中に落とす視線は涼やかなのに暖かで迷いがなく、そして冷静で美しい。

「この子に罪はないはずだ、理由はどうであれ、
 この子は生まれてきた。
 死なずに、今日までいた。
 この子を無事に育てることが、
 ・・・あなたのするべきことではないのだろうか。」

ただうなずくルクレツィアは、決心をした。

「ヴィンセント、あなたにお願いがあるの」

憧れていたそのひとみを、今はまっすぐに見ることができる。

ワタシハモウニゲナイ。

「今の私にとって、できないことは・・・もう何もない」

すべてをかけてだきしめてみせる。

 

 

 

 

 

 

Epilogue

終章

 

窓の外には、先ほどから白いものが音もなく舞い降りてきた。
寒さが強まり、コレル村の石炭輸送船は増便された。
多忙を極めるシドも、流石に今日だけは自宅で夕食にありついた。
星を救う戦いから初めての12月24日。
人間らしい時間の夕食なんて、3週間ぶりぐらいだろうか。
いつもと雰囲気の違う食卓に、ばれないと思ったのか、シドはつまみ食いの手を伸ばした。

「おかしいわね、このメロンにだけどうして生ハムが乗ってないのかしら?」
「おめぇが乗せ忘れたんだろう、さ、食うぞ!!」
いつまでたっても艇長ときたら、変らない。それが最高の魅力。

ワインを少しだけ注いでもらって、乾杯をした。

「昔みてぇに、ガンガン行けよ。見事な呑みっぷりだったじゃねぇか、読者の連中に読んでもらえ」
「私はそんなにガンガン行きませんよ。どなたが見事な呑みっぷりなのかしら?」

ぎくっ・・・

くすくす、

聞いてもらいたいことなら一つある。

艇長からクリスマス・プレゼントを頂きました。
「売れ残ってたのを値切ってきたんだ!」
などと言いながら、それは見事なカトレアの鉢植えをどん、と持って帰ってきましたよ。花屋さんが来たのかしらと思ったら艇長だったからびっくりしちゃった。
「人助けだぜ。今日中に売らないと親方に怒鳴られるんだとよ」
それはマッチ売りの少女なんだけど。
あれこれ言うと怒りだすので、お礼はシンプルに・・・

今年もこうして2人でクリスマスを祝える。
いろいろあった1年がもうじき終わる。
来年も、
その次の年も、
ろうそくの灯りの向こうに艇長を見ることが出来ますように。
シエラは祈った。

 

どんどん!!

「おっ、気のきかねぇ客だな。オレ様が追っ払ってやる!」
にしても、乱暴なノックのし様だ。
シエラも席を立って後に続いた。
綿毛のような雪が2つ3つ、部屋に舞いこんでくる。

「ヴィンセントじゃねぇか、久しぶりだな!」

ずいぶん久しぶりの来訪だというのに、シドの次の句は、
「生ハム食うか、美味いぞ」
応えるヴィンセントも平常心だ。
「うむ、」
いつもつけているマントがないので、彼の痩身が際立つ。
しかし今夜は目に光があったので、シドは様子が違うことに気がついた。

「入るならさっさと入れ。テメェと違って今夜はいろいろ・・・?」

背後に優しい目配せをすると、自分のマントを羽織った女性を暖かな部屋にエスコートした。

「おい!シエラ!こりゃオドロキだぞ」

シエラはすでに目を丸くしてシドの隣で絶句している。
それだけでも十分びっくりしたのに、ヴィンセントが彼女のマントをとると、さらに驚かされた。

2人の前に現れたのは、まさに聖家族。

かれこれ半年ぶりに現れて、女性と乳児を伴っての再訪だ。その上、彼の発した第一声は、

「立派なカトレアだ…あなたが育てたのですか」

穏やかな表情で尋ねるヴィンセントに、首を横に振るシエラは、思わずシドを見た。
ぷいとあっちを向くシドはタバコに火をつけようとして、シエラに止められた。

「さぁ、ソファーにどうぞ。」

赤ん坊を囲むと、女というのは途端に打ち解ける。
まるで昔からの知り合いかのような2人の様子にシドもヴィンセントも
「敵に回すと大変だ」
ということで意見が一致したようだ。

「カトレア…『あなたは美しい』だったな」
シドは腕組をしてヴィンセントを睨みつけた。
「あいつにゃ言うなよ。フン!」


 

Fine