記憶の残骸

 

ちりちり…

スラムの住人が最も恐れるアラームが鳴り続ける路地で神羅兵の制服がうずくまっていた。口から血を吐いてすでに息はしていなかった。

ザンカンは弟子が一人でお使いに出かけたことを聞いて、恐怖に顔を引きつらせてあたりを捜し歩いた。
「ドクター!何であの子を一人で外出などさせてくれたんじゃ!?」
こんな昼間に、しかもすぐそこまでだと言うし・・・と、ドクターは申し訳ないと謝ったが。ザンカンの予感はしっかり当ってしまった。

不法滞在者狩りは、専ら夜間に行われるがその日はたまたま別件で犯罪者を追っていたようだ。追い詰められた弟子は、市民IDなど持たないうえに魅力的な少女だった。

兵隊の関心を買うのは当然だった。

卑猥な笑みを浮かべる口元に、弟子はわが身の危機を悟った。かちゃかちゃと、ズボンのベルトを緩める音に足がすくんだ。しかし着衣に手がかかった瞬間、兵隊は声も上げず事切れた。恐怖に怯えて繰り出したパンチが、兵の首の骨を折ったのだ。

弟子は傍らに立ち尽くして震えていた。

ザンカンはかまえたままの拳を下ろしてやり、
「お前は何も悪くないからな、ティファ」
そっと肩を抱いてその場を立ち去った。

スラムの住人は即座に兵の死体を隠した。単独行動など軍規違反だからだ。しかし師匠は密告を怖れた。医者にかかるであろう迷惑と、スラムの人々への咎めを思うとここにはいられないと判断した。急ぎ隠れ家を後にした2人に、さらに恐怖が襲いかかった。

毛布に包まって震えていた弟子が急に暴れだした。

茶色の瞳は赤みを増して、怒りと恐怖の混じった形相にさすがのザンカンも、身の危険を感じた。

 

 

「心の傷、ですよ」
心配して追ってきた親友の医者は象牙色の錠剤を手渡した。
「わしはどうすれば・・・」
自分が気絶させたかわいい弟子に途方に暮れてしまった。
「心の奥に沈めた思いがふきだすんですよ」
この薬はよく効きます、効きすぎるので注意してください、ドクターの声もどこか頼りなげでザンカンをいよいよ思い悩ませるだけだった。

いっそ、助けなかったほうが良かったというのだろうか。

師匠は自分が何と恐ろしいことを思うのかと、身震いをした。いつまでもここには居られない。兵隊が行方不明になったからには神羅もやがて動き出すだろう。
そうなれば・・・

 

 

こうして2人は七番街スラムに流れた。
軍靴の足音が今にも追いついてくるような、恐怖に怯えながらの逃走だった。頼りはドクターがお詫びにと手渡してくれたメモ書きにある【アバランチ】の文字だけであった。
先代のリーダーが暗殺されたが、組織を引き継いだ男は信頼できるやつだ。小さい娘を連れていて、高い熱を出したと助けを求めてきたことがある。夜中だというのに、不法滞在なのに、危険を顧みず七番街から忍んできたというのだ。そのときの様子に感心したと、ドクターは目を細めて語った。あの男は信頼できるやつだ、と。

もうすぐ夜明けだ。
いつでも薄暗いプレートの下、師匠はまんじりともせず薬で眠らせた弟子の顔を見つめて溜息をついた。

忘れてしまえればどんなに楽になることだろう。
父を殺され、同じ刀で瀕死の重傷を負わされ、故郷を焼き尽くされ。
ここに辿りつくまでも死んだほうがましなほどの痛みに耐えぬいたのに。
体はこんなによくなったというのに。
自分の力だけで、この先の長い人生に折り合いをつけてゆけるのだろうか。
「ピンチのときに助けてくれるって言ったのに・・・」
何度も聞いたうわごと、一体だれに言っているのだろう。
恋人か?
どこにいるのだ?
お前のピンチを助けてくれると約束した、その相手は。