旅の途中

秘密

 Sleep pretty daling,do not cry. And I will sing a lullabye

 

「先生!入るぞ。」
言い終わらないうちに分厚い肩の筋肉がドアを押し破った。
「すまない、こっちだ」
先生と呼ばれた初老の男は、山のようなシルエットに助けを求めた。
「早う、灯りをつけてくれ」
異様な雰囲気に、はじめにするべきことを忘れていた。ぱっと明るくなった室内には、あらゆるものが飛び散っていた。
「そこの薬をとってくれ」
男は唇に血を滲ませている。髪を振り乱して、押さえこんでいるのは『かくまってもらいたい』と連れてきた愛弟子だった。
「ザンカン先生!こりゃ一体?」

ぞっとする光景だ。

だいたい、いくら弟子でも若い娘と同室すると言い出したときから、おかしいと思ったのだ。この先生、一体?

「神羅、ソルジャー、魔晄炉、全部!!大っキライ!!」
怒りに体をうち震わせて、弟子はもがき続けた。茶色の瞳は赤みを増し、拳は師匠に押さえつけられても、熱を帯びてきた。
「い、いかん!止めろ、ティファ!!」
ひるんだザンカンは、弟子に投げ飛ばされた。したたかに後頭部を強打して、気を失ってしまった。128人の弟子を持つ格闘家、ザンカンが一番弟子と紹介したのがこの女の子だ。燃えるような視線を受けとめたバレットは、ただ驚いて立ち尽くした。

だが不思議と恐ろしくなかった。

なぜか、この娘の怒りが理解できたからだ。言葉の代わりに涙が出てきた。ぼやけた視界に娘が飛びこんでくる。空気を切り裂くようなパンチに体が反応した。
が、 右のわき腹でアバラが軋んだ。
膝を崩されたのはずいぶん久しぶりだった。雷に触れたらこんな感じだろう、左の掌に、じゅうぅぅと焼けつくような痛みを覚えた。

もう一本、来たらおわりだな・・・

バレットは怒りに狂ったザンカンの弟子、ティファと対峙した。
「ティファ、・・・もう・・・、もうやめてくれ」
ザンカンの声にバレットは、はっと目が覚め、向かってくる娘を体ごと捕まえた。

 

「早く、薬を・・・」
ザンカンは象牙色の錠剤を2粒、いやがるティファに飲みこませた。その間、バレットは怒りに震える体を必死でつかまえていた。
薬はすぐにきいてきた。
こわばらせた体から力が抜けていくのに、いくらも時間はかからなかった。ふぅぅ、と、ティファは意識を失い、バレットの厚い胸筋に崩れてしまった。その顔は、昼間見たうつろな少女に戻っていた。

泪が止まらない。

言葉にならないことばがバレットの胸に溢れて、少女の頬にひとしずく、またひとしずくこぼれて落ちる。深く傷ついた者同士にしかわからない悲しみに、泪が止まらなかった。

大丈夫だ、何も心配いらねぇ。
もう誰にも、お前を傷つけさせゃしない。
大丈夫だからな・・・

 

ベッドに寝かせたティファを見守るバレットに、
「いやすまなかった、本当に助かった」
ザンカンは何度も礼を言った。毛布をかけて振りかえり、険しい顔でバレットは尋ねた。
「いつも、こうなのか?」
信じられない強烈なパンチを受けとめた掌は、火傷していた。ザンカンはティファの拳を手当てしていた。
素手でパンチを繰り出したのだ、いくら武道で鍛えたとはいえ、無事でははかった。
「時々、じゃ」

目もとに疲労の色が浮かぶ。

「父親を殺した相手に自分も切り裂かれたことは、さぞかし辛い体験だったろう。命を取り留めただけでもめっけものだと、・・・だが」
体の傷は癒えても、心の傷はそう簡単に何とかなるものではなさそうだ。

 

「リーダー、心苦しいが、どうか頼まれてくれ」
弟子の拳に包帯を巻きつけて、ザンカンはすがるように訴えた。
「それをこの娘は?納得してるのか?」

顔を曇らせるザンカンは、答えを探しあぐねいている。
心の傷は傷として、深く沈めてしまったほうが良いのかもしれない。なまじ蒸し返してそのたびに今日のように自分自身の体を痛めつけるのは、もう、見ていられない。
象牙色の鎮静剤は即効性があるぶん、副作用もきつい。数日は虚脱感に苛まれるのを覚悟しなくてはならない。そう度々使用するのが体に良いはずがないことを、師匠も知っていた。けれど、今日は何の予兆もなく突然の発作だったから・・・ザンカンは限界を知るべきかと、思いつめていた。
神羅への恨みはこの娘の胸の中にはもう収まりきらなくなっている。
修行に打ちこんでも、今夜のように自分の意志に反して噴き出してしまう。ならば・・・ザンカンは愛弟子の寝顔を見つめた。
「今夜のことが、ティファの答えだよ」
ザンカンは夜明けを待たずに、反神羅組織・アバランチのアジトを後にした。

 

 

 

 

コーヒーを持ってバレットがオペレーションルームに入ると、ティファがうたた寝をしていた。沈んだ神羅の潜水艦を調査するため、クラウドはパーティーを二つ組んで出かけたが、体調不良のティファと重量オーバーのバレットは留守番をしていた。

しんとしたハイウィンド

美しいフォルムはシドの素案をもとにシエラがかなり深く関わって建造した船だと聞かされて、ティファは先ほどまでひどく憤慨していた。
大切なひとに嘘までついて、それで星を救うだなんてよく平気で言えたものだ。神羅の執拗な追撃を逃れるためとはいえ、シドは「ロケット村に今から帰る」と嘘の交信をやってのけたのだ。

音を立てないようにそっとカップをテーブルに置いたが、ティファは目を醒ました。低い声が歌うように囁いた。
「ミルクのほうがよかったか」
風邪引くぞ、ハイウィンド特製のブランケットをそっと背中に羽織らせた。まだテーブルにうつ伏せたまま、バレットを見る茶色の瞳にはうっすらと泪がうかんでいた。
「ひさしぶりにね、」
バレットの表情に緊張が走った。
「見たのか。」
かすかに口元を歪めてティファが笑った。
その表情にバレットの心臓が大きく収縮した。
けだるそうに身を起こしたティファの視界はみるみる暗くなって形見のペンダントが左の頬に触れた。あたたかい雫が右の頬に三粒、落ちてきた。

もう、俺の胸だけにはしまっておけない、この秘密・・・。

少しの驚きと、今までに感じたことのない安堵感がティファを包みこんでいた。
「バレット・・・」

「す、すまん!」
顔を真っ赤にしてバレットが飛びのいた。
「誓って言うが、オレは!」
見たことのない穏やかな表情のティファだった。
「今日はね、ちょっと夢に続きがあったの」

ザンカン先生が急にいなくなったのに、少しも不安を感じなかった。
バレットだったのね。
「ありがとう。いつも、いつも。」
いつも心穏やかだった。

クラウドと再会するまでは・・・

エアリスが現れるまでは・・・