脱出

ジュノンからの久しぶりの、本当に久しぶりの連絡に、村中のメカニックたちは傾いたロケットを見上げた。

「コイツを……、飛ばすらしいぜ」
「まだ飛ぶかな?」
「傾いているんだぞ」

3時間後に到着する【宝石】を搭載してメテオに照準を合わせよとのことだ。

「あれ、…壊れてたよな」
「すぐに直るかね?」
「大丈夫、じきに直りますよ」
細い眼鏡のフレームに日差しが煌めいて、準備万端のシエラが立っていた。
「おまえ、いつの間に!」
村中が事件のことと、それからのことを知っている。シドの苛立ちもシエラの献身も知っている。もう彼女が白衣に袖を通すこともないだろうと、誰もが思っていた。
「神羅26号は私たちの、夢だったはずよ。しっかり整備して、送り出しましょうよ」
シエラはあきらめてなどいなかった。

階段を昇るシエラの足が震えた。あの日以来、だ。
チーフに抱えられて下りた階段には、ところどころ錆が浮いていた。

あれから何年たっただろう。

久しぶりの白衣で、シエラは仲間と整備に取りかかった。
長い間、遠くから眺めているだけだった。
さすがに反省もしたし、遠慮もあった。

ロケットの打ち上げ失敗から、シエラは神羅をやめてこの村でひっそりと暮らしていた。
今までの自分の生きかたを省みるのに十分な時間を与えられて、いろいろと考えた。

いつから人間はこの星の主人になったつもりで、星の命を浪費するようになったのだろう。

太陽の恵み、風のちから、海をいく潮の流れ、これらのものに背を向けて生きるようになったのはどうしてだろう?

魔晄炉の周辺の土地は痩せ、かつてのように人間に恵を与えてくれなくなっている。
作物は立ち枯れ、育たない。
海流は魚を連れてきてはくれなくなった。

何でもかんでも「魔晄エネルギー」

海を渡る飛空艇の燃料はともかく、40℃で十分なシャワーのための湯沸しに限りある魔晄エネルギーを浪費してもいいのだろうか?

何か間違っている。

科学の発展にかこつけて、私たちはつまるところメテオを呼んでしまった。
そういうことではないだろうか。

それにしても、今更このロケッロが本当に飛ぶのかどうか。
ずっと皆が手入れはしてきたけれど、
本当に宇宙まで届くかどうか。
自分が乗っていくと言うのに決まっているから、シドが出奔していて、これは天佑だ。

シエラはオートパイロットの修理にかかった。
どんなに艇長が願っても、今回は無人飛行でないと困る。

いやな予感がするから。

傾いたロケットなんてさっさと飛ばしてしまおう。
こんな欠陥ロケットなんか、ないほうがいい。
結局は私たちの、そしてシドの「夢」を弄んだのだから。

シエラの精密な手先がオートパイロットシステムを修理し始めた。

程なく、ジュノンからゲルニカが到着してパルマーが管制塔に入った。

【シエラ、今、宝石が到着した。そっちはどうだ?】
一筋の汗が、額を滑り落ちる。それを拭わず
「はい、もう少しです。大丈夫、直ります」
とだけ答えた。手ごたえは感じるが、なにぶん時間があるかないか、焦りを感じつづシエラは作業を急いだ。

あの人が戻らないうちに

飛ばしてしまおう。

なにしろハイウィンドはシドの手にある。いまこの瞬間、宇宙に行きたくてたまらない艇長が戻って来るかもしれない。それに作戦のことを聞けば、ロケットに乗り込むと言い出すのにきまっている。

この忙しいときなのに、ふと口元がゆるんでしまってシエラは自分の女に気付かされた。
シドと、長く一緒に、いたからだ。

星を救う英雄になるために行くのではない。
たとえかなわなくても、夢に向かって、1歩でも近づけていれば、「よし」。
シドという生き方は、たぶん、いいえきっと、そうなのだ。

【宝石】とは、各地の魔晄炉の炉心部に出来る実に大きなマテリア、ヒュージマテリアのコードネームだ。
これをロケットの先端に装着してメテオにぶつけるのが今回のミッションだ。
古代種の英知がぎっしり詰まった特別のマテリアをぶつけることで、膨大なエネルギー反応を期待したのだ。

シエラはあまり期待してはいなかった。

もう、魔法や何かにすがるしか、メテオを回避する方法はないのか。
ここまで星を搾取するだけしておいて、汚して、尚助かろうというのは人間の傲慢以外の何物でもないだろうと。

黒マテリアを操った者が何を意図したのかはわからないが、むしろ神羅のやり方のほうに危うさと憤りを感じるだけだった。

【おい、テメぇら、何をしてるんだ!?】

ロケット内部の会話は全てモニターされて、シエラの耳にも届いていた。

やっぱり、帰ってきた。思ったとおり、早かった。

【おお、騒がしいと思ったら、艇長、帰ってきたのか!?】

きっとあの人は……
シエラは修理を急いだ。

「…… ロケットの調子はどうなんだ」

作戦のことも知っている、そうなると必ず言うことは。。。

「だいたいOKだ。でも……ロケットをオートパーロット装置でメテオにぶつける計画なのに、かんじんの装置が壊れてるんだよ」

「壊れている、だあ?修理はどうなっている?」
「シエラがやってるけど……」 忘れたふりをしていた名前を告げられて、シドの心臓が大きく収縮した。

アイツにだけは関わってほしくはなかった。
まきこみたくはない。
けれどこの騒ぎに家で大人しくしていないだろうことは確信を持てた。
あの女と長く過ごしたから、シドは自分に言い訳をしたつもりはなかった。でも、自信を持って言えることがあった。

アイツはメカニックだ。

急がないと、アイツはあっという間に修理してしまうに決まっている。

【ケッ!おめでたいヤツらだな!
 あの女に任せてた日にゃ100年たっても終わんねぇぜ!
 こいつはオレ様が動かしてやるから、
 オートパイロット装置なんて放っとけ!
 ホレ、ホレ、みんなに伝えてこい】

修理の手を止めずにシエラは溜息を落とした。

ほらね、思った通りだ。声をかけたら激怒するかな?

シエラの修理の手が早まった。

「わかった艇長、あとはよろしくたのんだよ!」

さてと、いっちょ行ったるか。形はなんであれ、宇宙だ。
シドが操縦席に視線をうつした瞬間、ロケットが震えだした。

「な、なんだぁ?なにがおこった!?パルマー、  てめえ、何しやがった!?」

【オートパイロット装置、修理完了だってさ。だから打ち上げだよ〜ん】
本当に、全く腹立たしい、ふざけた声だ。
シドの、自分たちの夢を弄んだ連中をはっきりと認識して、シエラは小さく舌打ちをした。

パルマーの、神羅のやりそうなことだ。
艇長は前のめりに生きるひとだから、むざむざロケットと心中することはない。だから、もう1か所、整備しなくてはならないところがある。

行こう、私も。

私はメカニックだ。

大気圏を突き破って
「神羅26号」は暗い宇宙に投げ上げられた。

ヒュージ・マテリア」をメテオにぶつけるなど愚かしいことで、それよりコスモキャニオンに持ち帰って、長老の提案に同意するほうがよほど効果的だと、シドもわかっていた。クラウドがパスコードを○□××、1回で仕留めて見せたのでシドは思わず「おめぇほんとうは知っていたんじゃねぇか?」と驚いてしまった。

「よし、こんなところにいつまでもいねぇで、トットと帰るぞ」
上機嫌なシドの声が狭いコクピットに響いた。

鈍い音がして脱出ポットのロックが解除された。

足音が近づいてきた。さすがのシエラも緊張した。無断で乗り込んできたこともだが、こんなところで久しぶりの顔合わせだ。喜んでくれるとは、まず考えれないし。

そのとき、
ロケット全体が不自然に揺れた。
「もしかして、」
シエラは心当たりの場所に駆けていった。

【この、ばか野郎……
 人のことを心配している場合じゃねぇだろうが!】

胸が高鳴った。扉一枚隔ててあの人がいる。

どんな顔をするやら、何て言うやら、ドアを開けるボタンを押す指先が震えた。
ところが、指はボタンの真上で止まった。考えられない台詞がモニターから聞こえたからだ。

【爆発したのは8番ボンベ……8番ボンベねぇ……
 やっぱりイカれてやがったのか……シエラ……
確かにおまえが正しかったぜ。
 でもよ、……オレ様もこれで終わりだぁ】

あまりの言葉に、シエラはシドの目の前に仁王立ちになって言い放った。。

「なに言ってるのよ、シド」

シドがボンベの爆発で飛ばされた鉄板に足を挟まれていた。

「あん!?シエラ?!」
ぽかんと口をあけたシドは、恋する女に取り返しのつかない弱みを握られたことを瞬時に悟った。
けれどシエラはそんなシドを、どうしようもなく可愛いと思った。

情けけないわね、そんなに簡単に諦めるなんて。
私たちの夢、神羅26号に恥ずかしくないの!?
しっかりしてよ、とは言えず・・・

「ついて来ちゃった。いま助けるから」

狐につままれたような顔のシドは見ないでずかずかと近寄ると、シエラは肩を鉄板の下にいれてぐっと押し上げた。みしっと筋肉が音をたてたが、鉄板は動かない。茫然と事の次第を見守っていたバレットとクラウドが、ああわすれていた、とでもいう感じで、手を貸した。おかげで鉄板はシドの足を解放した。

「バカ野郎のコンコンちき!!」 なんでついてきた、オレ様のくだらない夢にそこまで付き合うこともなかろうに、シドは泣き崩れそうになる自分を一生懸命立て直そうと踏ん張った。
負けず嫌いのシドとしては、情けなさと恥ずかしさで、それが精一杯の虚勢だ。それにいつもは一言怒鳴れば、しゅんとなるシエラはそこにはいなかった。シエラは挟まれていた足を慎重に観察してから8番ボンベを愛おしそうに眺め、しずかにシドを見た。 眼鏡の奥から突き刺さる視線を感じて、シドはひとことこぼした。

「……すまねえ」

それは、夢に破れたばかりの男のくちから、すべてを許した女への、感謝の一言だった。シドはまっすぐシエラに捧げた。二人に背中を向けたバレットがニヤリと顔を崩して、そして元に戻して、シドを助け起こした。

「脱出ポットはこちらです。急いでください」

小走りに先を行くシエラは、頬を上気させた。
クラウドとバレットがポットに飛びこむ。

「急いで、脱出ポットを切り離すわよ」
もうバレットの助けの手を借りていない、でもちょっと足の痛いシドは
「おい、シエラ!」
シドがハッチの前で口を開いた、シエラの顔は見ずに正面を見たまま。
「このヘッポコポットは動くのか?」
シドの視線の先にいたバレット笑いだしそうなのを必死に我慢して、怪訝な顔をした。

オレはシエラでもヘッポコポットでもねぇぜ、オレに言うなよ、馬鹿。
などと思いながらシドの肩越しにシエラを見た。落ち着き払ったいい顔だった。

「大丈夫、ついさっきまで私がチェックしていたから」
「…………それなら安心だぜ」
シドもハッチをくぐった。
「……ありがとう」
さあ脱出だ、ハッチを閉めるとシエラは操作パネルを開いた。

バレットは脱出ポットに乗りこむと同時に腕を組んで眠った、ふりをした。
盛大にいびきまでかいてみせた。
薄目を開けると、分っていないクラウドがいつまでもぼんやりしているので、つま先でつついた。
『寝るんだよ、コラ、』
と、眉間のしわを4本に増やして睨んだ。
『早くしねぇか』
「なんだよ?」


窓の外に広がる宇宙空間を食い入るように見つめていたシドが振りかえった。
そのシドを愛しげに見守るシエラも小首をかしげてクラウドたちを見た。
「ぐ、ぐ〜」
片目を開けてイビキをかくバレットは、慌てて背中を丸めて目を閉じた。

ツンツン頭の中で声がした。
『コドモは早く寝ちまえ、バカ』
「久し、ぶり・・・な・・ザック・・す・ZZZZ」
クラウドの意識は強制終了した。

シドは本当に寝てしまったクラウドを見て、ふっと笑みを浮かべた。

ブラック・アウトだな、こりゃ。
まだミッションは終わっちゃいないってぇのに、アバランチも人材不足だ。
・・・気ィ遣いやがって、嬉しいじゃねぇか。ハートがくすぐってぇ。

くしゃみが出そうな気がして、鼻のあたりをごしごしこすったシドは、また窓の外を子供のように覗き始めた。

「はぁ〜っ、これが、宇宙・・・」

蒼い瞳はますます深みを増し、自分を見る女性に視線を移した。ふたりは目と目で話をした。

『久しぶりだな、シエラ』
『艇長、足は大丈夫ですか?』

宇宙のどの星よりも輝く星が、一層輝いた。

『オレ様はやっぱり・・・ダメみてぇだ。おめぇ込で、やっとこオレ様だ。オレ様の夢だ。』
『すいません、勝手についてきて・・・』
『しっかり・・・ついて来いよ』

シエラの視線が自分の手元に落ちた。
大きな手が重ねられたからだ。

「オレ様は、ただ、宇宙に来たかっただけかもしれねぇ・・・」

一緒に窓の外を伺うシエラの頭を、もう一方の手がやさしく抱いた。

シドのにおいがする、シエラは気が遠くなった。

「あばよ、神羅26号・・・」

ちょっと長かったかもしれない青春に別れを告げるシド。
ある決意を胸に抱いて。