恋煩い

〜ロケット村にて〜


シドを村で見かけることが次第に多くなってきた。
ロケットの打ち上げスケジュールが順調な証拠であるがそれだけではない。

オフともなると、どんなに疲れていてもタイニー・ブロンコを飛ばしてくる。ジュノンあたりで過ごせば店も多いし、遊ぶところもありそうなものだ。次のフライトにも都合がよさそうなものだが、少々の時間的な無理をしても村に戻ってくる。

ミッドガルにもジュノンにも、宿舎は完備している。だがシドは自分の時間をここ、ロケット村で過ごしてた。

会社には、
「少しでもロケットを見ていたい、メカニックどもと気心を通わせて、云々」
と報告している。居所をはっきりしているし、仕事に穴をあけるのでもないので、会社としても問題視はできない。
確かに、上海亭で宴会を開いてはメカニックどもと気心を通わせている。
打ち合わせにも余念がない。
スケジュールも順調にこなしている。

実力に裏打ちされたシドの行動に、苦情が出ることもない。

 

村に風が吹いてきた。

るるるる、

タイニー・ブロンコが到着した。シドが戻ると風が渡り、湿度が下がるような感じになる。人々と挨拶を交わしながら、自分の家を目指した。
「おう、いるか?」
部屋はいつものようにさっぱりと片付けられている、だがいなかった。
なんだまだ仕事か、そうだろうな、まだまっ昼間だ。
何がおかしいのか、ふふんと笑うと打ち上げ台に向かって歩き始めた。

 

 

「来たよ、ほら」
チーフはシエラをつっついた。
「あら、」
額の汗をぬぐって振りかえった。今日は早仕舞いになりそうだ。シドはメカニックのチーフとひとしきり話をすると、シエラのところにやってきた。
「お疲れ様です」
「おう、元気だったか」
うなずく笑顔が美しい、瞳が輝いた。何を話しているのか、シドが話すとシエラがころころと笑った。笑わせっぱなしで、作業が進まなくなる。
「な〜んだ笑ってばっかじゃ、終わらねぇぞ!どれ」

要するに、オレ様にもやらせろということだ。結局二人がかりで、作業なぞはあっという間におしまいなのだ。
「終わったぞ!シエラより遅いヤツはどいつだ〜」

 

 

 

程なく上海亭で夕食会となる。当然、宴の真中にはシド。男ばっかりでよくもまあこんなに賑やかにやれるもんだ、いつもマスターは感心する。
それ程、酒量はいっていないのに、もう一升から平らげたような騒ぎだ。
飲まずにあれだけ楽しめるのはもはや才能。
でも騒いでいるのはメカニックどもで、シドは何時の間にかカウンターに脱走してきて、シエラと二人で飲んでいた。

 

タイニー・ブロンコでの一騎打ちから早くも一ヶ月、シドはシエラの猛烈なさしをかわして「伝説のパイロット」の面目を保ち、村のみんなに祝福された。
シドがせっせとロケット村に戻ってくるのは、シエラを口説く必要があるからなのだ。

勝負に勝ったは勝ったが、シエラがなかなか落ちない。
「あんたのことが気に入ったぜ」とか言えば大抵の女ならば
「OK!」だったのに。    

 

 

 

 

 

 

 


およそ全勝を誇っていた殺し文句を、この女には言いそびれてしまったのだ。
言うには言ったが、口の中でつぶやいただけで相手の耳元では言っていない。本人も忘れているから始末が悪い。

つかみ所がないというか、手をのばすと紙一重のところですり抜けるような、かといって嫌がられているわけでもない。
身の回りの気を遣ってくれる。
今までに会ったことのないタイプの女なのだ。

上海亭のマスターは、カウンターの向こうで懸命にネジを巻くシドを
楽しそうに眺めていた。この男め、本格的な恋は初めてのようだ。
シエラのほうが一枚上手かもしれない、久々におもしろいぞ。

「……なあ、オヤジ、あんたからも言ってやってくれ!」
水割りのお代わりを差し出すと、シドが結構真顔で言う。

「シエラはもう飲まないのかい?」
お茶をください、なんて笑う。

「すいません、今朝は早かったもので。これ以上飲んだら」
「そりゃいけねえ。オヤジ、もう飲ませるなよ」
また何やら話始めた、シエラは嬉しそうに相手をしているが。
馬鹿だねぇ、そうじゃないだろう。
いつまで話てるんだ、自分のことばっかり。こっちの方がやきもきしちまう。

ホントに恋愛初心者だ、いや、お子様レベルだな。見ろ、シエラの顔、困っているじゃないか。

「じゃあ、私はこのへんで…」

おい、わかってるか、シド。
「大丈夫か、オレ様が送っていってやる」

そう、そうだよ、セオリーを守って、な。お幸せに、おふたりさん。 

    

 

 

 

 

 

 

     

この頃シエラの様子がおかしい。
急に黙り込んだり、溜息をついたり。
悩み事でもあるのだろうか。面と向かって尋ねるほどでもないのかもしれないのだが。

ロケット本体が搬入される日が近づいているのに、作業の手がふと止まることがあった。シエラにしては珍しいから、チーフも気にしていた。
上海亭にも顔を出さずに、宿舎に引っ込んでしまうし、どうしたというのだろうか。

 

 

 

 

「なあ、おい。あんたは気がついているか」
なんでカウンターに男二人でたからにゃならねぇんだ、虚しいことこのうえなしだ。
「艇長、あんたシエラに何か言ったのか」

そっちに振るか?

「オレ様が何を言うってんだ?」
むかつく野郎だ。やっぱり勝負はコイツとつけなきゃなんねぇ。

「普通といえば、いつもと変わりはないんだ」

仕事そのものは予定通りこなしているし、困るということでもないからチーフもそれ以上何を言うというわけにもいかない。

「あんたが戻る前になれば料理とかもしてるし、仕事のピッチも上がるし。別に変わりはないんだよ、うん。」

マスターがくすっと笑う。

そんなことを聞きたいんじゃないよ、シドは明後日のほうを見た。

「オレ様はなにもアイツの嫌がるようなことをしたり言ったりした覚えはないぜ」

「シド、ちゃんと言ってるかい?」

マスターはカラカラと氷を追加して、チーフにお代わりを出した。

「あん?」
「ちゃんと喜ぶことを言わないと、な」
ジョディに同意を求めた。

眉間にしわを一本作ると、
「あのなぁ、」
シドは椅子をぐるりんと270度回転させた。

「いいことを教えてやろう」
マドラーがシドの鼻先を指し示した。

「女ってぇのはな、言葉にしないとわかってくださらない生き物だよ」

憮然とした顔で、目の前に差し出されたマドラーを取り上げて自分のグラスをがしゃがしゃ、かきまわした。

「ジョディも覚えておくと損はないからね」

水割りをかぽっと飲み干すと、シドはちょっと深刻な顔になった。

「オレ様が言いたいのは、アイツめ、心配事があるのかとか、どっか体の具合が悪いんじゃねぇかとか、そういうことだ」

グラスを拭きながらマスターはからかった。

「シドがわからないものを、コイツがわかってもいいってぇのかい!?」

シドとジョディは顔を見合わせて絶句した。

「……とにかく艇長、見てくればいいじゃないか。ここで私と話していても何も始まらないし…」

複雑怪奇な顔をするしかないシドは、それでもシエラのことが気になるので止まり木を降りた。

 

 

 

「シドの愛情が足りないのさ、かかか」
マスターは楽しそうに笑った。

「それにしても、そういうことならばいいんだけど、」

水割りを眺めながらジョディは呟いた。

「ジョディも辛いところだね」
「わ、私は」

何もあせることはないのだが、このマスターの前ではつい本音が出てしまうから困る。 

 

 

 

 

 


     

シエラの宿舎にシドが足を運ぶのは、特別なことではなかった。
あれだけ派手に(ご参考「決闘だ!」)勝負して村中に認めさせたのだから。

そういう意味では、ここは居心地のいい村だ。

 

 

 

「おい、オレだ」
気配がして、ドアが開いた。
「あ、艇長…」

宿舎は戸建てのコテージ仕様。メカニックに女性はシエラだけなので当然住人は一名だ。

「一人で晩飯か?」
「あ、ごめんなさい。後で行くつもりで、きゃっ」
意表をついたキスに目を丸くして、腕の中でシエラがもがいた。
「ちょ、なに?や、艇長!」

キスの集中豪雨

何か口走るシエラをお構いなしに抱きあげてベッドルームに直行した。

「ちょっと、下ろしてよ、艇長!!やめ、」
そのままベッドに雪崩れこんだ。

だまれだまれだまれだまれ!!

このヤロウ、オレ様がこんなに思っているのに、何が不満だ!オレ様はこんなに熱いんだ、なんでわからねぇんだ!!

急にシエラが抵抗しなくなった。

「あん?」

涙目が烈しく抗議していた。

「うれしくない……」
「…………………」
「どいて、」
「…………………」

仕事のときはきりりとまとめたポニーテールだが、おろすと豊かなセミロングが、シーツのキャンバスに波打って夕暮れの海のようだ。

シエラは起き上がるとダイニングに出ていってしまった。

しくじったな、シドは頭を掻いた。

寝室は初めてではなかったが、室内をぼんやりと見まわした。デスクには写真が飾ってある。
ハイウィンド、メカニック仲間の集合写真、二人で写っているもの。
見たことのない男の写真が飾ってあった。この前、こんな写真はなかったぞ?

誰だ?
「艇長…」
お酒の用意を持ってシエラが戻ってきた。
「どうぞ、」
椅子にかけると頬づえをついた。
乾杯は無しだ。
「何かあったんですか?びっくりしちゃった」
まだ声がとがっている。そうだろうな、普通の女なら怒る。
「ねぇ艇長、私、あなたの何にでもなるって言いましたけど、こんなのって」
そう言うとうつむいてしまった。

シエラのことがたまらなく可愛く思えた。

シエラはゆらりと立ち上がると、シドの隣にすわった。肩に手を置くと、何も言わずに触れるだけのキスをした。そして身を預けた。
「すごく会いたかった…」
なぜだろう、ちょっと触れただけのキスでオレを参らせる。お前ってやつは・・・。オレ様の何にでもしてやっからよ。 

(c)Young Soul Dinamite
song by Wolves
1999

 

 

 

 

 

 

 

翌日の午後、シドは村を後にした。ハイウィンドが主人の帰りを待っている。

帰りがけのシドをつかまえてジョディが尋ねた。
「なあおい艇長、それでシエラは何か言ってたかい?」
うっとおしそうにガンを飛ばして、吐きすてるように言った。
「へっ、ほっとけ。気にしてやることなぞねぇって」
喧嘩したような様子はなかったのだが?
「しかし、シド」
「しかしもカカシもねえ!そんなに気になるなら、アイツの部屋に行ってみろ!!」

私が尋ねてなんか行けないのを知ってて、何を怒っているのだろう?
でもまあ、いいか。あの様子じゃ、心配するほどのこともなさそうだから。よかった…

タイニー・ブロンコをぶいぶいいわせて、打ち上げ台周辺を旋回した。
シエラが手を振った。
それを確認したかのように急上昇した。
翼を二度、きらめかせると青空にすいこまれるように行ってしまった。

 

 

タイニーブロンコの計器の間ではにかんでいるシエラの写真が目に入った。シドは小さく溜息をついた。
あいつめ、本当にこのオレ様を何だと思ってるんだ?
いかんいかん、思い出したら操縦を誤りそうだ……

「なんだぁ??好きな男ができた???」
「いけない?」
「おまえ、この状況でそーゆーことを!いい度胸じゃねえか」
こんなへらず口たたくヤツぁ、のしかかってみっちり口づけだ。背中に回した手が暖かい。

「ふふ、そうね、ちょっと、ね」
笑顔で言うとは、コノヤロウ!
「白状しろ!この尻軽女!!」
「気になる?」
「当たり前だ!」
シエラの口元がへの字に歪んだ。
デスクのほうを指差す。あの、見知らぬ男の写真だ。

やっぱり…

「あのひと…」
「誰だ、あいつは?」
シドの腕をほどいて体を起こすと、デスクにあった雑誌を取った。白い背中がなまめかしい。
「はぁ〜」
がっくりと肩をおとした。
「早くいえ」

「…ラグナ・レウァール…」

「…何者でぃ」
「私の口から言うなんて……」
こいつ、べそかいてやがる。

この雑誌にかいてあるから、シエラが差し出した雑誌【ティンバー・マニアック】をぱらぱらめくるうちにしおりの挟んだページに気付いた。
ベッドサイドの明かりをつけると、シエラは毛布にもぐりこんで顔を半分だけ出してこちらを見た。

記事を目で追うとバカらしくなってきた。

何が、ぐすん、だ。
何が、かっこいいんだもん、だ。
雑誌を投げ出すとシエラをまじまじと眺めた。
決まりが悪かったのか、枕を抱えて向こうむいて毛布にくるまってしまった。

オレ様は一体…?

映画スターか俳優か何か知らねぇがそいつがケッコンしてたとか、17にもなるガキがいたとか、仕事に打ち込んでいて、ヨメの死んだのも知らなかったとか、そんなことで仕事中にぼーっとするたぁ…

やれやれ、
シエラも女か
あいつはもそっと硬派かと思ったがなぁ。

 

おわり