はじまりはいつも… 

1. 出会い
2. 始動
3. 疑問
. 秘密
. 悪事
. 再会
. 覚醒

1.出会い

ロケット村に一通の封書が届いた。

サカグチとあるサインを見て、シエラはふっと口元に笑みを浮かべた。オフで在宅のシドは、ロケットの模型を組み立てている。
「艇長、きましたよ。」
そろそろだと、この手紙を待っていたシドは手を休めて封を切った。やおら立ちあがると、ニコニコ笑うシエラの横をすり抜けてダイニングに席を移した。
「サカグチからの出演依頼だぜ。」
ほおづえを突いて向かいに座ったシエラに、子どものように嬉しそうな笑顔になった。
「今度は大公殿下だぞ!」
「じゃあ、お受けするのですね。」
シエラは、その宝石のような蒼い瞳にうっとりしてしまった。面白そうなことを見つけたシドの顔は、たまらなくいい。ああ、私はこの人の、この顔を見ることが出来たら、それで幸せだ。
「おう!暫くまた留守を頼むぜ・・・」
チョットだけ寂しげな影を落とさせてしまったことに、シドはチクリと胸が痛んだ。「はい、任せてくだ!」次の瞬間、シエラは息が止まりそうになった。たばこの香りで体がしびれてしまう、胸の鼓動が共鳴して気が遠くなる。
「なに、撮影の合間には帰れるし、今回もバトルフィールドへは出ないことになってる。ちぃともの足りねぇがな。」
やっとあつい胸から解放されて、愛する人の顔を見た。
「よくお顔をみせてください。」大好きな蒼い瞳が少し充血している、シエラは睫に唇を近づけた。瞼をやさしく押し開いて舌先で瞳に触れた。
「は…、」
幽かにタバコの香りと声がこぼれて、大きな手が華奢な背中を包みこんだ。

 

 

 

 


 

2. 始動

オアフ島のスタジオに、活気がみなぎっている。
スタッフが忙しそうに行き交うのを感慨深く見つめていると、
「あらシド!」
細身の美人が声をかけてきた。
ほぅ、こいつぁ・・・
「久しぶりだな、『奥様』!」

前回は魔女でシドの妻役だったエアは、今回もオファーがあったと喜んだ。
「あいたかったわ、今度も『シド』なのね。」
7回連続出演はシドだけである、今回はついに王様だと、シドは得意そうに笑った。エアもキラキラと瞳を輝かせてシドを見上げて続けた。
「ね!また貴方の奥さんよ。」
挨拶とわかっていても嬉しいものだ、シドは上機嫌でエアの手を取った。
「ありがとうよ、けど、送られてきた設定資料集にオレ様のことが伏せられていてな。なんだかまだよくわからねぇんだ。」
長い廊下を一緒に歩くと、スタッフから声がかかって気分はすっかりFFモードになる。シドはこの雰囲気が本当に気に入っている。
「これから行って、ノムラあたりを締め上げてやろうと思うんだ。」
けらけらと声を上げて笑うエアは、
「私もついていこうかな!貴方の強いところを久しぶりに見たいもん」
などとけしかける。エアの付き人が青い顔で止めなければ、本当についていくところだった。

この物語は脇を固める助演陣が実に豪勢なのがいい、主人公そっちのけのファンクラブなどそれこそ星の数で、夏と冬にはベイエリアで大きな集いが催される。思い思いのファン雑誌を交換したり、キャラの衣装を真似てみたり、とても賑やかだ。7作目はとりわけ騒がしかったのを覚えている。なんのことはない、ノムラが公式資料の公開を渋ったからだ。おかげで、どのキャラもやおいの餌食になって名誉毀損の裁判が108件起こされた。

留守を頼んだシエラとは前々回の制作で出会い、実生活で結婚までしてしまったほどだ。あのときは、飛空艇の艇長役ということで普段の生活そのままだったから、細部のディテールにもかなり自分の意見を加えてもらった。どうするのかと見ていたら、本物のメカニックどもを仕入れてきて役者にしてしまったから、シドとしては満足のいく仕事になったと喜んでいたのだ。
本当に有能なメカニックを起用したあたり、サカグチ氏の作品への取り組みの熱さを示すものだった。そう、シエラは「のろま」どころかシドも息をのむほどの本物のメカニックだった。空の知識といい、船への造詣の深さといい、「伝説のパイロット」を飽きさせない話題の豊富さにシドは撮影そっちのけになってしまった。散々口説いて、めでたくゴールインしたのは7作目の発売日に重なり、ロケット村は二重の喜びに包まれていた。

それに、飛空艇・ハイウィンドも実際に自分の仕事に使っている物を拝み倒されて撮影に使ったのも良かった。乗りなれたメカゆえに、アクションも、ラストシーンも、怖いぐらいのリアルさで、作品のクオリティは各段に上がった。業界紙での扱いも破格だったし、およそ「褒めない」ので有名な評論家が「脱帽」の書き出しで特集記事を出したほどだった。前々回の作品で、俳優シド・ハイウィンドはその名を不動のものにし、ソニー社も新境地を開くことに成功した。スクウェア社に至ってはこの地に大型のスタジオを新設できたのだ。
是非次回作にも出演をと、シエラにもオファーのあったころ、彼女は体調を理由に辞退している。何のことはない、妊娠初期に良くある症状で体重が激減していたのだ。

良くあることとはいえ、シドの心配は尋常ではなく、脚本を2回も手直ししてしまう始末だった。出演シーンが大幅に削られ、エアはシドの出番までムービーをフォローした。おかげであまり期待されていなかった新人、スコール・レオンハートはベテランたちに混じって「良くがんばった」と評価された。今回のメインキャラとなるジタンを射とめたのも、そういう伏線があった。本人は「しっぽだ!」という第一印象で、かなり地で行けると喜んだらしい。8作目は、素直じゃない、なんだかぎこちない青年を求められてかなり悩んでいたものだから。

 

 

 


 

 

3.疑問

「奥様、シエラさんはお元気?」
シドの愛妻家ぶりは業界では知らぬものはいない。
「けっ、せっかく王様になろうとしているってぇのに。」
笑う口元が嬉しそうだった。
「あらごめんなさい、でも貴方のお顔があんまり幸せそうなんですもの。」
ぽりぽり頭を掻くうちに、にこりと笑顔を見せた。
「おかげで随分元気になったぜ、一時はどうなるかって焦ったけどな。」
エアは蒼い瞳に吸いこまれそうになった。
今回もうっとりさせられるのね、うれしいわ。
「そう、それは良かったわ、私たちも随分心配したんですからね。」
得意の笑顔は健在だ、シドは深く頷いた。
「ありがとうよ、空の撮影用に注文が来ていたからアイツも来ることになるぜ。そのときはよろしくな。」
ロケット村には、船の注文がどっさり入っていた。
今回も飛空艇は外せないアイテムらしいことは村でも話題になっていた。シエラも仕事を再開することになり、けっこう忙しい生活を送っている。
それにしても・・・
シドの手元に、【大公殿下】についての細かい設定資料がまだ届いていないのがどうも腑に落ちなかった。あるのは「シド城」とあるリンドブルグの設定ボードばかり。今日明日あたりに発表があるだろうが、制作発表から日程を考えても、ちょっと変だった。

何かあるに違いない。

細かいところにこだわらないタイプのシドも、さすがに気になって探りはいれてみたのだが、今回の制作については何やらガードが固く、そのせいでまことしやかな噂が流れていたことも事実であった。それはシドに限ったことではなかった。
一番の謎は主人公の少年とヒロインの少女であった。
資料集によれば少年にはなぜかしっぽが生えているし、設定された年齢に似合わない台詞回しも妖しげだった。しっぽが生えたキャラとなると、確かにナナキには炎の灯る立派なしっぽがあった。しかし彼は四足歩行をする、ケモノの外見だった。今回の主人公は二足歩行をするし、かわい子チャンが大好きな男の子だ。
ヒロインの少女にいたっては、ネーミングが2つも設定されている始末だ。(じつは第3の名が本名であるのを知っている人はごく僅かである。)

「サカグチさんに限って、脚本が未完成なんてこともないでしょうにね。」
衣擦れの音がなまめかしい、エアの今回の役どころは王妃様だ。
すでに役づくりに入っている彼女にひきかえ、【大公殿下】は相変わらずタバコを加えて広いスタジオをどかどかと歩き回る。消防法で禁煙なので仕方なく火をつけないで、しーはーするだけでガマンした。衣装合わせに入るエアとわかれて、シドはサカグチ氏を探した。

 

 

4.秘密

しかしいつもながら広いスタジオだ。来るたびにあちこち変っているから、目的地までが迷路のようだ。
そのままでラストダンジョンに使えるかもしれない。迷惑がっている口調の割には嬉しそうに、物語の舞台を一回りしてしまったシドは、そこここに知った顔や懐かしい人を見つけては「王様」と呼ばれて気分が良かった。

 


プロデューサーの表札はもっと大きくはっきりさせておくべきだ。見覚えのあるドアノブに手をかけたシドは、中からこぼれてきた会話に身を硬くしてしまった。

「・・・これはぎりぎりまでシドには言うたらアカンで。」
「はい、逃げられると面倒ですからね・・・」
「他のものにもくれぐれも・・・これはボクと君だけの・・・やで」

サカグチ氏とノムラの野郎だ。
どうしてくれようか、踏みこんで暴れてやろうか。いや待てよ、あいつら、何か企んでいやがる。
オレ様に内緒とはいい度胸だ、おもしろいじゃねぇか。
よし、そっちがその気なら
・・・ こんこん・・・
ドアの向こうで慌しい動きを察したシドは、にやりとした。
「サカグチさん、いるかい?」わざと声をかけてやった。
「どどど、どうぞ!」ノムラの野郎め、声がひっくり返っている。
ヤツラの企みなど、もうどうでも良かった。
シドはもう面白いものに関わる快感にわくわくして、指先がびりびりし始めて、笑いをこらえるのに必死だった。
「や、やぁ!」
何事も無いかのようにタバコを加えたサカグチ・ヒロノブ氏は、デスクに向かっていた振りをしていた。
「ようこそ、シドさん!お元気でしたか。」
月並みなご挨拶も、そんなに顔を引きつらせて言うと何かねじ込見たくなるというものだ。
「今回もまたよろしゅうお願いしますわ。」
ゆっくりと立ち上がったサカグチ氏が、いつものように不敵な笑みをたたえてシドに右手を差し出した。仕事始めは彼との握手からと、いつのころからかお決まりとなっていた。

あたり障りのない会話で、お互いにハラの探りあいもそこそこにプロデューサールームを辞したシドは、スタッフルームに足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5.悪事

 「野村くん、ボク、顔色悪ないか?」
額にハンカチを当てるサカグチ氏は、遠ざかる足音に溜息を一つついて尋ねた。
とりあえずペットボトルを取り出したノムラくんも、
「私も、もう、汗が出て。」
げんなりとした顔つきでボトルの横っ腹にむちゃくちゃっと "Nomura" のサインを入れた。ほんのりと漂う油性マジックの香りが興ざめだ。
ちょっと薄めの緑茶で喉を潤してくるりと振りかえり、
「ねぇ、サカグチさん・・・やっぱり、その・・・」
「あかんて!」
半泣きの部下に厳しく言い放つ上司であった。
「いざとなったら、手ぇはあるんやから。弱気になったらアカンで。」
くるりくるりと機用に赤ペンを弄ぶ、スクウェア社一の策士、サカグチヒロノブは不敵な笑みをたたえた。

 

 

6.再会

楽屋では豪奢なマントが主の到着を待っていた。
メイクさんが「偉そうな」お髭とカツラをつけると、鏡の中に「王様」がふんぞり返っていた。
シドは大公殿下を睨みつけた。
よし、いっちょやったるか!
気合をかけて姿見の前で、決めポーズを取ってみる。自分の中に別の誰かを見出すというのは、やってみると癖になるものだ。このごろは、パイロットと俳優のどちらが本職だったか、ふとわからなくなるときがある。

なんだか軟派な話だが、面白れぇからいいだろう。

自分の可能性というものを、何も一つに限定することもない。
パイロットもオレ、設計技師もオレ、メカニックも、役者も、そしてシエラの夫で、モティとヒスイの父親もオレ。

そういうことだ。

 

ロビーでスタッフと打ち合わせ(じつは雑談)をしていると、騒々しい物音がする。振りかえると、見た顔がいた。
「ありゃ〜、すげぇ恰好だな!」
がっしゃんこ、がっしゃんこ、歩くたびに帷子が音を立てている。
中身は、197センチの大男、である。
「てめーこそ、なんだその偉そうなヒゲはよう。」
台本の半ば以降からしか出番のないシドと違って、早速のバトルシーンやらムービー撮影と忙しいバレット・・・今回はスタイナーという役・・・は、一仕事終えてスタジオから引き上げてきたところだった。
「黙れ無礼者!家臣の分際で一国の国王に対する礼儀というものを知らぬのか!」
ちょっとヒゲがずれた気がしたが、そう感じたのはシドだけだったかもしれない。兜を外して汗をぬぐう騎士は、懐かしそうにシドを見た。
「久しぶりだな、艇長。」
にっ、と笑うと大きな右手を差し出した。
「また参加できたぜ、変りなさそうだな。」
大公殿下の役づくりはいったいいつになるのだろう?
どうも当分先になりそうだね、スタッフは2人のやり取りを楽しそうに眺めながら、締切日を守れるかどうか早くも心配になってきた。

握手もそこそこに、バレットは次の撮影があるからと、自分の楽屋に消えた。

彼も、7作目を作るに当って、野村くんが現役の炭坑マンをスカウトしてきて役者にしてしまった男である。8作目には出演しなかったが、その間、また炭坑マンに戻った。それを今回の制作にあたり、嫌がるのを口説き落として出演させた。サカグチとはそういう人のようである。

 

 

 

 

 

 

 

 

7.覚醒

物語FFは、6作目までは所謂ファンタジーの域を守って、あくまでもお話であるという建前を踏襲してきた。それがなぜ7作目から世界が変ったのか。
下から世界を見上げることで、痛烈な政府批判をやってのけた、シドはそう考えている。
物語を走破すると、この星の権力機構を真っ向から否定するメッセージが読み取れる。神羅カンパニーを打破するくだりは、連邦政府を跳ね除けようとすることに重なっている。これははっきりとした事実であった。
そして出演を依頼したアマチュアの人々の多くは、連邦政府に抑圧された経歴を持っていた。スクウェア社は丹念に取材を重ね、脚本を練った。ちなみにバレットもそういう一人だ。
だから、巧みに置きかえられている設定は、知る人が見れば泪を流すものばかりであった。
恐ろしい告発も随所に散りばめられていたから、政府はいろいろと圧力をかけもした。俳優陣には当局の監視もついた。
アマチュアの人々はブラックリストに名前が載せられた者もあるだろう。

しかし民衆はこの物語を支持した。

予約で100万本の申し込みがあったというのは、当分塗り替えられないであろう記録だ。
最終的に全世界でどのくらいの人がこの7作目を体験したのか、誰も正確に把握していない。一説によると600万とも1000万とも、それが民衆の答えなのだ。
こんな面倒な作品を作る連中と心中になるなんて、ごめんこうむりたいとハード製作会社・任天堂社は資金を出し渋った。7作目は世に出ることなく、シリーズを重ねたFFは当局からもみ消されてしまうのか、作品だけではなく、スクウェア社の存続も危ぶまれた。
しかし、家電メーカー大手のソニー社は連邦政府の圧力にも屈せずにこの壮大な物語を是非とも人々に送り届けるべきだと、影に日向にスクウェア社や関係者を支援した。全く新しいハードの開発なくしてFFシリーズ7作目の成功はなかっただろう。

腐った権力機構は崩壊の前に毒をはく。
そして民衆は自浄作用を以って、機能回復を果たす。

東西を分けた壁は崩れ、南北を隔てた丘に列車が走った。

民間の一企業が作った物語が、世界を変える力は持っているわけではない。

しかし人々は確かに覚醒した。

 

 

つづきです