予感

 

轟音とともに水蒸気に包まれた「神羅26号」は地響きだけを残して打ち上げ台に寄りかかるように傾いて沈黙した。

かたずを飲んで見守っていたメカニックがバラバラと「神羅26号」にとりつく。酸素ボンベの点検にシエラが残っていたことは管制官とのやりとりでみんな知っていた。
チーフのジョディが誰よりも早く熱気の冷めやらないロケット内部に飛びこんだ。

 すごい熱さだ

エンジンの緊急停止スイッチは押されていた。

 しかし

シエラは防護服を着用していない。

「無事でいてくれ」

 

階段を2段とばしで駆け上がった、胸が高鳴った。
酸素ボンベの前にへたり込んで呆然となっているシエラを見つけた。
焦点の合わない眼をして、それでも工具を握り締めているのが痛々しい。

「シエラ!」
駆け寄ると両肩をつかんでもう一度声をかけた

「…シエラ?」
返事をしなかった

「けがはないか、…おい、シエラ!」
呆けてしまったのかと、ジョディは思った
「返事をしてくれよ、シエラ!」
首をかしげるばかりのシエラは、聞こえないのと、手を耳に近づけた。

「わかった、きっとショックで聞こえにくくなってるんだ」
指が白くなるほど工具を握り締めていた。
ジョディは丁寧に指をほどくと工具を床に放り出した。
冷たい音がした
でもシエラには聞こえなかったかもしれない。

「さあ、もう行こう」
そしてシエラを守るように支えて下船した。

 

 

 

シドは、コックピットから立ち上がれないでいた
頭の中がカラッポになった感じで、まるで抜け殻だ。腕の力も抜けて、だらりと垂れ下がっていた。
指だってぽろぽろ抜け落ちるんじゃないか。体じゅうが夢の逃げ出した虚脱感でぐにゃぐにゃになっていた。

「艇長!」

声をかけられても、返事はおろか、振り返ることもできなかった。メカニックがばたばたとコックピットに詰め掛けた。

「無事でしたか、艇長!」
「お、……」
自分の声で気がついて、打ち上げ失敗を実感させられた。

「艇長、次があります。もう一度、挑戦しましょう」
「う、…………」

無理かもしれない、ふと頭をよぎった。コリャ相当のダメージだ。こんなに気弱じゃあ……

「艇長、一度下船してくれますか、お願いします」
かっこ悪いぞ、すごすご下りるんだぞ、これもみんな…
そうだ!
アイツはどうした、あのバカやろうは!!

「おい、シエラはどうした!!」
声をかけられたメカニックが、ちょっと驚いて答えた。
「え?さっきチーフが連れて降りましたけど」

チーフだぁ、ジョディだと!
あの野郎、コクピットに来なかったぞ。むかむかと腹が立ってきた、体じゅうがわなわなと奮えて力が戻ってきた。
足を踏ん張ると、上体が起きあがった。勢いよく席を蹴ると一気にコックピットを出て駆け出した。

 

酸素ボンベの前を通ると、シエラの工具が散らばっていた。
「くっそ〜、シエラめ…」
一気にロケットを下りて診療所まで走った。みんなが振りかえり、何か声をかけているようだが一切聞こえなかった。

 

 

肩で息をしながら、診療所のドアを乱暴に開けた。
ドクターが驚いてこちらを見た。
「シドじゃないか!どこも怪我は…なさそうだが、検査したほうがいいぞ」

きょろきょろと部屋をみるが、いない。

その様子に察しがついたか、
「ああ、シエラなら心配はいらないよ、」
「で、今どこに」
「さっき薬を飲ませたところだから、あんまり刺激しないでくれよ。彼女は鎮静剤をたくさん使えない体質なんだから」
ドクターは奥の部屋を指差した。

 

 

『…後で私も一緒に謝ってやるから、今は休むんだ。お前、もう何日も徹夜だったんだろう』

少し開けてあるドアのノブに手をかけるとジョディの声が聞こえてきた。あいつらしい、こんなときでも女性に対するマナーは忘れない。

『…けど、ちゃんと聞こえてるか?聞こえてたら返事ぐらいしろよ、うなずくとかでいいから』

いかん、これでは立ち聞きだ。

「おう、入るぞ」
乱暴にドアをノックしたらぐっと怒りが沸いてきた。何をどう言おうかは、考えなかった。

シエラは顔だけを壁の方を向けていた。
点滴がつけられていて、手には包帯がぐるぐる巻かれていた。
「おお、シド!…怪我はなかったか?」
ジョディが立ち上がった。

「聞こえねぇのか、」
「そんなはずないと、ドクターは言うんだが。強い衝撃なんかで一時的に聞こえなくなることがあるらしい」
「そうか、他にどっかケガしてねぇか?」
「見ての通り、火傷してるが」
「ふん、じゃあ大したこたぁねえな。」

ここにいないほうがいい、少なくとも今は。気持ちの整理がつくまではシエラの顔は見ない方がいい。シドは部屋を出ようとした。

「な、んで?」
よろよろと体を起こして、シエラが口をきいた。

「エンジン、止めたの……」
振りかえれなかった。

「ゆめ、だったんでしょ、なん、で?」
今は喧嘩…売るんじゃねぇ!

ビシッ!!

ジョディがシエラをぶった
「この、バカ!! お前を犠牲にしてまで宇宙に行ってそれでシドが喜ぶと思ったのか!!いい加減にしろ!」
この前はこのオレ様に、今はジョディに。2度もぶたれてしまった、なのに今度も泪ひとつ見せない。何て強情なんだ…

 

「騒がしいですね、注意が聞けない方は出ていってもらいましょうか」
2人とも退室を命じられて、すごすごと引き上げていった。

診察室では念のためと、シドが残された。
「体の方は大丈夫みたいですね。ですが…」

そうだよ、もうオレ様の心はずたぼろだ。
宇宙への夢と、そしてシエラを、大事なものをいっぺんに無くすことになるのかと思うと、砂漠に迷い込んで水筒を落としたみたいな気分だ。

「私の前で命を粗末にしたら、たとえ地獄の血だまりの中からでも拾い上げてあげますからそのつもりでいてください」

この医者は恐ろしいことを言う。

オレ様は命を粗末にしたのだろうか
シエラも命を粗末にしたのだろうか

 

 

 

眠れねぇ

 

 

 

あのとき、緊急停止スイッチを押さずにシエラの望み通りに宇宙にでていたらアイツは喜んだだろうか。

データの示す通り、トラブルが発生して宇宙のカスになったとしたらオレ様はどんな気分がしただろうか。

よしんば成功したとして、シエラのいねぇこの星にのこのこ戻ってきたらやっぱり『世界で初めて宇宙に行った男』として英雄扱いされただろうか

『成功の影に恋人の死』な〜んて美談めいてかかれた記事の中にアイツの名前が出るんだろうな。くそっ、眠れねぇ。

 

 

 

 

 

失敗の翌朝は雨だった。
いつの間に眠ってしまったのか。所詮、人間なんてそんなもんだろうか


服のまま、ソファで眠っていた
ベッドは……アイツのにおいがする
グローブも外していなかった
これはアイツからの…贈り物

昨日の次が今日で
今日の次が明日
連綿と続く時間の流れ
当たり前に続くと思っていたが
こうも簡単に途切れるものか

片付けられた台所
アイツの気配を感じずにはいられない

悔しいはずなのに
ブン殴ってやりたいはずなのに

予感がする…


ジョディはブン殴れた
正面から叱り飛ばすことができた

オレは…逃げようとした
声をかけることも出来ずに
背を向けて
それが優しさだと思おうとした

 

予感…

 

別れの…予感
     

 

 

その予感…