神羅26号の真実

 

 

酸素ボンベのデータを受け取ってから、シエラは胸騒ぎを押さえることができないでいた。これは単に「悪い数字」の羅列ではない。
「おかしすぎるわ」
打ち合わせで何度も提案をしたが、シドは首を縦には振らない。

ただ単にチェックをして、調整をすれば良いというレベルではなくて、故意に「悪い数字」が並べられているとしか思えないのだ。
このままのスケジュールでは、チェックはできても「修理」が完了するかどうか、微妙だ。つまり、打ち上げの予定を変更しなくてはならないような問題だと、シエラは提案をしたのである。

 

 

神羅カンパニーが宇宙開発への予算を何故ここにきて渋り始めたのか、さまざまな憶測が飛び交っていた。

その中でも最も「それらしい」のは、「魔晄エネルギー」が生活エネルギーとして実用化できるメドがついたということだった。

戦争もやがて終わりに近づいて、神羅も「次」を押さえておかねばなるまい。生活エネルギーを征することはすなわち、世界を制することへの最も近道だからである。

ロケット打ち上げへのタイムリミットは、刻々と近づいてきた。

意を決したシエラはシドの同意を得られないまま、酸素ボンベのチェックと「修理」に手を出し始めた。

「おかしい。シドだって気がついているはずなのに、どうしてだろう。あの人はそんな人ではなかったのに」
他のメンバーはとっくに引き上げたロケット内部で、ひとりシエラだけが残っている日が続いた。

その日も予定の作業は終了した。メカニックは三々五々引き上げて、やはりシエラひとりが酸素ボンベの「修理」に残っていた。

しばらくして、タバコの臭いが漂ってきた。

「おら、そんなカメみたいにちんたら仕事してるんじゃねぇよ。お月さんが待ちくたびれてそっぽ向いちまうぜ!」

もう何日も1人で夕食を済ましているシドは、不機嫌だった。

「すみません」
顔をあわせるのが辛かった。仕事場で2人きりというのは気まずいものなのだ。

「そんな酸素ボンベなんかをいつまでもガチャガチャ、チェックしてんじゃねえよ!」
苛立ってシドの語気はおのずと荒くなる。本当はとても優秀なエンジニアでもあるシド。シエラのしていることが何であるか、一番わかっているだけに心中穏やかではいられないのかもしれない。

「おいシエラよう、おまえがマジメなのはいいんだけどよ、そんな酸素ボンベ、いくらチェックしてもムダだぜ。そんなもん、天地がひっくり返ったって、壊れやしねぇんだから」

 しかしデータは悪すぎる、悪意を感じるのだ。

「…え、でも…」

それでも手を止めないシエラ。

「でももヘチマもねえ!!」
見かけに寄らず頑固なシエラ。困った顔になって、シドは腰にあてていた手を下ろすと作業を止めない手をつかんだ。

「おめぇはバカじゃねぇんだから、もちっと手ぎわよくやれよ」
シドはシエラを抱きすくめた。熱い吐息が訴える。
「いいから……、今日はもう上がってオレとつきあえ。」

 

 

 

 

 

シエラはそっとベッドを抜け出して、また作業服を着て部屋を出た。髪をまとめるのを忘れた、その様子がいかにも不釣合いだった。これから作業をすれば、日程の変更無しに打ち上げができるだろう。

深い闇にたたずむ影、神羅26号。あの人は「夢」だと言った。宇宙に行きてぇ、それが自分の夢だと、熱く語ってくれた。

伝説のパイロット、シド・ハイウィンド。

世界最速の飛空艇、ハイウィンドの艇長。…私の憧れ。

どんな人か話してみたかった。いつも遠くから背中を見つめるだけだったから。クルーたちに囲まれて、溢れる自信を漲らせていた。
だから飛空艇担当メカニックを外されて、ロケット開発に転属になったときは寂しかった。あと少しで完成だったのに、あなたに直接手渡したかったのに。
しばらくしてあなたがロケット打ち上げの、メインパイロットに抜擢されたと聞いて、どんなに嬉しかったか。

たくさんお話してくれましたね。とても幸せでした。
村に到着した日、セッティングをしなおした飛空艇を2人で飛ばして、私の操縦を誉めてくれましたね、光栄でした。

それから…

「こんな遅くに何やってんだ?」
悪いことをしているわけでもないのに、体が凍りつくようだった。
「昼型人間のおまえがこんな夜中にいい仕事できねぇだろうが」
血圧がすうっと下がっていく感じで、振り返るとシドが怖い顔で立っていた。

「…ごめんなさい、」
「オレに謝るようなことなら、なんでやめねぇんだぁ?」
「それは…」
「なんだ、言ってみろ」
「……神羅26号は私の夢だから、」
「だから?」
「必ず成功させたいんです。不備がわかっているのをそのままでは飛ばしたくないんです。」
「ああわかってるよ、それはオレだって同じだ」

口元に火を近づけると、薄紫の煙をふううとおこした。

「わかっている?だったらどうして!」
「これはよ、最初で最後のチャンスなんだ。…神羅26号が不調だからって、代替をすんなり出さねぇだろうってぇのは公然の秘密だからな。この機会を逃したら、オレ様の夢もオシマイなんだよ。だから」
「生きて帰れなくてもかまわないんですか!」
「宇宙に飛び出すって夢は叶うんだ、オレはかまわねぇぜ」
「本気で言ってるんですか!そんなの冒険でもなんでもないわ。ただの子供のわがままと同じだわ!!」

シドの顔から血の気が引いた

「おまえそれ誰に向かって言ってるのかわかってるんだろうな」

シエラはまっすぐにシドを見て、大きく息を吸った

「このロケットは私達メカニックの夢でもあるのよ、無事に戻ってきてはじめて成功じゃないですか!それを、自分のわがままだけ通して『宇宙に行けさえすれば』だなんて。伝説のパイロットが聞いてあきれるわ!がっかりよ」

途端に頬に激痛が走った。束ね忘れた髪が飛び散った。

2、3歩よろけてそれでもシエラはシドを睨み返した。唇が切れて血がにじんだ。

「あなたがパイロットでなければ、こんなに打ち込むこともなかった」
「勝手にしろぃ」

吐き捨てるように言い残して、シドは立ち去った。

女に手を上げるなんて、シドは自己嫌悪に押しつぶされそうでいつまでも右手が痛かった。

 

 

 

 

打ち上げの朝が来た。

あれからシエラとは口も聞いていない。声をかけようとしても、避けられてばかりだった。
コックピットに入り、着席。ベルトの装着が完了した。
準備は万端、いよいよ打ち上げだ。

そのとき、管制官が叫んだ。

「パイロット シド、緊急事態です!まだ船内のエンジン部にメカニックが残っています!」