おかしい・・・

 

 


去年なんか10日を過ぎたら、大騒ぎしていた。カレンダーに花マルつけて張切っていたのに。

今年はおかしい。

もしかしたらあれが不味かったのだろうか?
14日。
マリンとティファ、それとユフィまではよかったんだ。ナースのクシャナにまで貰ったと見せびらかしたピンクの包み紙。
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「オレ様の人徳の現れだ」なんて言わなきゃよかった。

2月14日なんて、全く罪な行事を考えついたもんだ。

モノを貰ったら礼の一つも言うってもんだ。
「まぁ、艇長!受けとっていただけるなんて。嬉しいわ」

…なんでクシャナとシエラが親友なのか、わからねぇ。そうだと言うんだからそうなんだろう。
それにしてもクシャナは美人だ。それに聡明という言葉そのままの性格で、シエラとの交友関係が連想できない。

なんたって、村に赴任してきてあっという間に上海亭のオヤジ、元チーフのジョディが結婚を申しこんだほどだ。
ジョディときたらシエラに未練たらたらで、あてつけに一生独身を通しそうだったんだ。
本当だぜ。
今じゃ近所迷惑なほどのアツアツカップルだ。ムスメが二つになろうかってぇのに、いつまで手ぇ繋いで歩くんだ?見ているこっちが恥かしくなるぜ。

「はっはっはっ、挨拶だってわかってても嬉しいもんだ。ありがとうよ、あんたとはもぉちょっと早くに会いたかったぜ。」

ここだけの話、本音といえば本音だったがな。

不味かったのはその後だ。

クシャナが喋ったんだ、それもよりによって「艇長に口説かれちゃった」だと・・・
オレ様はこいつらが女だってことを時々忘れちまう。
だってそうだろう。
シエラにしろクシャナにしろ、ビシバシ仕事をこなして頼りになることこの上ない。まぁ、仕事に男だ女だ、こだわるようなオレ様じゃあないがな。何事も実力だ。

 

今年のチョコケーキはことのほかの出来だった。

シエラは例年この日、チョコケーキを作る。
菓子作りは好きらしく、普段からもごそごそやっているようだ。船にさし入れたりしてくる。若いクルーどもにとっては貴重な甘味供給源で、中には涙まで流すやつもいるぐらいだ。
「そんなに食いたけりゃ、早いとこ口説けばいいんだ」
びしっと決めてやれ、と、的確なアドバイスをするが、そううまく行くものでもなさそうだ。
年に一度しか作らないこのケーキは、ほろ苦くて、美味いんだ。

いつか聞いたことがある。
「おめぇはチョコのバラマキはしねぇのか?」
「そういうの、どうも苦手で、」
シエラの性格からすればそうだろう、ぼけっとしてるからな。大マジメな顔してばら撒けば自滅はミエミエだ。

あれ以来、だ。

「シエラ〜茶ー」
声をかけないと茶が出てこない。出てきてもだんだん時間がかかるようになっている気がする。
テーブルが広く感じる。
オレ様は食事にいちいち文句を言うようなくさった男じゃないが、確かに皿が少ない。それより、帰宅してもすぐに食事にならないことがあったり・・・

おかしい

 

 

決定打は22日の予定をあれこれ言わないことだ。

「来週のスケジュールだ。・・・おめぇはどおなってる?」

たいてい、2週間ごとにダイニングのボードに予定を書きこむことになっている。
シエラはそれを見て、来客の調整をしたり自分の予定を立てたりする。
「特別なことは今のところ、・・・ないわね」
「そ、そうか。」
オレは予定を書きこむついでに、22の数字をマーカーでなぞって太くしておいた。
馬鹿みたいだ、自分でもそこまでしなくてもと、虚しくなったが。シエラめ、そこまでとろいのか?それともオレ様に腹を立てているのか?

「はい、出張もないですし、あなたも少しゆっくりできそうですね」
「そりゃあありがてぇ」
声が裏返ってしまった。
「た、たまにはどっか、出かけるか?」
ただの冗談と思ったのだろうか、シエラは驚きもせず、
「あら、うれしい。でも無理なさらないでくださいね」なんて、軽くいなされてしまった。

 

「すいません、お先に休ませていただきます」
大して遅い時間でもないのに、シエラの早寝はオレ様を避けているとしか思えない。昨日なんかはテーブルにメモが残して、本当に寝ていた。
いくらシエラが昼型人間といっても、やりすぎじゃねぇか。
それより、具合でも悪いのか?
オレは掌にはーっと息を吹きかけた。暖まったのを確認してからそっとシエラの額にあてがった。暫く寝顔を眺めていたが、別に変ったこともなかった。

確かに30過ぎた大の男が「お誕生日〜」なんて、嬉しがってるのはあの弾丸オヤジか新婚気分の抜けねぇジョディぐらいだ。別にシエラが忘れていたところで、この世が終わるわけでもない。

気に食わないことがあれば、言えばいいんだ。
むっつり黙ったまんまで、女房ヅラしやがって。
ふん、そっちがその気なら、なにもオレ様から折れるものか。
勝手にしろぃ!

悶々と過ごすうち、週があけて、もう明日は(問題の)火曜日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もっと おかしい…

 

その日、シドは予定よりずっと早く村に帰ってきた。

そして通りがかった診療所の前でシエラを見かけた。

タオルで目を押さえて、涙をこらえているような、尋常じゃあないものを感じ取った。なのに、どういうわけかオレ様は、さっとものかげに身を隠してしまった。クシャナと何を話しているのだろうか、これじゃぁわからない。

シエラは行ってしまった。

 

 


「あらシド、何かご用?」
美人のクシャナが涼しい瞳をキラキラさせた。
「さっきよぉ、」
くすくす・・・
話しをさえぎられてオレはむっとした。
「そんなにおかしいことをいったか?」
なんとも可笑しいといった具合に、クシャナがオレ様を見つめた。
「シエラでしょ」
ずばりと言われると、こっちも開き直るしかない。やれやれ、この女がナースでよかった。飛行機乗りだったら、ウータイの空で撃ち落とされていたかもしれねぇ。
うたれるのは 注射だけでたくさんだ。
「早く帰ってあげてよ、いたわりが一番のお薬なんだから」
「そんなに悪いのか?」
「ふふふ・・・」
「で、どこが?」
焦っている自分がわかったが、どうしようもねぇ。
「そんなことぐらい、自分で聞きなさい!」
オレは診療所を追い出されてしまった。

 

誰かに声をかけられたように思ったが、今はそれどころじゃあねぇ。シエラめ、よりによって具合が悪いのをオレ様に黙ってるだなんて、そんなにオレ様が信じられないんだな。
よーし、お前がその気ならオレ様だって考えがある。
オレは走った。

 

「おい、シエラっ!」
肩で息をしながら後ろ手にドアを閉めた。驚いて顔をあげたシエラは、目が真っ赤だった。

ソファにかけたシエラに歩み寄るうちに、オレは胸が締め付けられるような気持ちになった。今すぐシエラを抱き締めたくなった。

「どうしたんだ?」
慌てて背を向けるシエラは、手に持っていた白い毛糸を袋に押し込んだ。フェイスタオルを目にやると
「い、いえ、大したことないのよ、」
「大したことないって、おめぇ、」
言いながら、クシャナに言われたことが頭の中をぐるぐるかけ回った。
『一緒にいて、本当にわからないの?』
「こら、何でもないなら、こっちむいてみろ!」
「・・・・・・・・・・・・・」
黙ったまま、かぶりを振るだけのシエラの肩に手をかけた。

は、はっくしょん!!

何回かのくしゃみの後に、シエラはようやく口がきけた。

「言いたくないことだってあるわよ、もう!」

だーーっと洗面所に逃げていったシエラは、暫く戻ってこなかった。

水の流れる音が止まって、足音がした。

 


「突然・・・だったのよ」
濡れた前髪が額にまとわりついている。ひどく弱々しいまなざしに唇が乾いてしまった。かわりに掌は汗ばんだ。

「今まで何でもなかったのに、この前から急に、」
くしゃみがでて、涙が止まらなくなった、シエラは伏し目がちに話した。頭がぼぉっとして、何も考えられなくなってしまうのと付け加えた。

「クシャナに話したら、花粉症だって」
眼鏡をかけるのも億劫で、情けない。大人になって急に発症することは別に珍しくもないのだそうだ。

「お薬を出してもらおうと相談したら、その・・」
ちらと、シドを見上げてかぁ〜っと赤面してしまった。
「どうしたんだよ、花粉症なんて薬で押さえときゃいいだろうが」
またじわっと涙が溢れてきて、タオルに顔を埋めてくしゃみを連発してしまった。

「子供をうんでからにしなさい、って」
虚を突かれて、心臓がばくばくした。
「おめぇ、まさか!」
自分がどんな顔をしたのか、シエラが眼鏡を外していて本当によかった。
充血した目も驚いていた。
「ち、ちがうのよ。そうじゃなくて!」
間抜けた顔をしたのに違いない、シエラめ、笑いやがった。

お母さんになる可能性のある女性は、むやみに薬剤に頼っちゃダメ、
というのがクシャナのお説だ。

シエラ、あなた、今日にも妊娠してたって何にも不思議はないのよ。気安くお薬を処方するもんじゃないわよ。でも仕事に差し障るから、抗ヒスタミン剤なら、まぁいいでしょう。副作用として眠くなるから服用する時間をよく考えてね。

「なんでぃ、それですっかり早寝だったのか」
「すいませんでした。」
「一言いえばオレ様だって、フン」
まだ心臓ががたがたいってるようで、変な具合だ。
しょんぼりしたシエラは、そう言われてみれば瞼もはれぼったいし、いかにも辛そうだ。
「で、大丈夫なのか?」
「あ、さっきお薬を飲んだからもう少ししたら元気になって、それで眠くなるの。」
「そうか、オレ様のことはかまわねぇからな。」
「でも、シド・・・」
「いいって、先に休め」
「ありがとう、でもね!」
なんだか元気になってきたぞ。夜空の星よりも輝く瞳がいよいよ煌いた。そんなときは要注意だ、何かたくらんでいるんだ。

シエラは細かい花柄の包みを取り出して、恥かしそうによこした。

「これ、1日早いけど。明日はお帰りが遅いでしょ。もし起きていられなかったら悲しいから。お誕生日、おめでとう」

飛びきりの笑顔のシエラがそこにいた。

忘れてなんかいなかったんだ、怒ってなんかいなかったんだ。自分のパートナーを信じられなかったこをが申し訳なく、情けなく思った。その上、体調の悪いことにも気づかなかったなんて。鼻が赤くなっていたが、そんなことはどうだっていいんだ。

「開けてもいいか」
シエラは頷いた。

箱の中身はセーターだった。細めの糸で編んである、不思議な模様も入ってある。
「似合うといいんですけど」
はにかんだ顔は、長いことタイニーブロンコに止めてあった写真のままだ。オレもなんだか照れてしまって、シエラの顔が見られなかった。
「シド・・・」
声をかけられてようやく顔を上げた。
シエラの目がまた潤んでいた。
「何でぇ、また辛いのか」
僅かに首を横にふるが、涙があふれてきた。
「あ、・・・どうしてかしら?」
「あん?」
まつげが濡れていた。
「すごく好きな人に、『すき』っていいたいのに、」

「涙が出てしまって・・・」

オレは慌ててシエラに背を向けた。

「聞きてぇな。これなら言えるだろ。」

 

背中にぬくもりを感じた。やわらかい・・・重みが心地いい。
「・・・だいすきよ、シド・・・」
体じゅうに共鳴する言葉をかみ締めた。鼻の奥がつーんとした。

「シド・・・」
「なんでぇ?」
オレは振りかえってあんなことやあんなことをしたい衝動に駆られた。
「しばらく、こうしていたい・・・」
オレはいやだぞ、
「そ、そうか」
口がオレ様を裏切りやがった。背中も「このままがいいぜ」とくつろいでいる。やい、主人はこのオレ様だぞ、どうなってるんだ?
「ありがとう・・・」
まぁ、いいか。シエラのこんなちっこい願いなら、たまにゃ聞いてやろう。

だめだな、やっぱりオレはおめぇに惚れている。くしゃみ連発だから暫くおめぇの前では禁煙するとしよう。
これでクシャナにいぢめられることもないだろう、
代わってやることも半分引き受けることもできねぇから、せいぜいこのくらいは・・・
「あん?」
シエラがどんどん重たくなってきた。
ぱたりと白い手が落ちてきた。

どうやら薬の副作用のようだ。

 

 

おわりだよ!フン!