旅の途中

  ミディールの午後

 

  「すまねぇ、忘れ物だ。先に行っててくれ」

しらじらしい・・・と、シドは言わなかった。立ち止まるナナキのしっぽをぐいと引っ張って眉間にしわを増やした。

 ばたむ

ドアを閉じてから顔を上げるまで暫く迷う自分の心を落ち着かせようと、バレットは唇に力をこめた。ドクターは現代医学を以ってしても治せない患者の来訪を、複雑な思いで見守った。

 「お嬢さん、ちょっといいですかな。」

気が利く医者だ。

軽く目礼をして診療所の奥にすすんだ。

「はい・・・」

何て情けない声だろう、震えているのがわかる。これで自分の胸は決まった。

 泪をぬぐうティファはそれでも笑顔を作ろうとした。

「今からそんなんじゃ、もたねぇぞ」励ます自分も涙声になりそうになったから、虚ろな金髪頭に視線を移した。コイツを見れば自動的にハラがたってきて、今は都合が良かった。

口を開いたら泣き崩れるのがわかっているのか、ティファは小さく頷くだけだった。

 沈黙・・・

 この場で一体何を言えばいいのか。どんな言葉もその音以上の存在意義がなかった。バレットは戻ってきたことを後悔した。

思いを、言葉にできるわけがないというのに。

かなうのならば今すぐにその細い腕をにぎりしめ弱々しい肩を抱き寄せて連れ出したい。

オレが、守ってやるから。こんなやつ、放っておいて。

ここから。どこでもいい、ここではないどこかへ。

「ううううううう・・・」

ここにはいるが存在しないクラウド・ストライフが声を出した。長い黒髪がふわりと揺れて、クラウドの手に降り注いだ。

「ああああ・・・・」

硬く握り締められていた拳の力が抜けて、よろよろとティファの髪をつかもうとした。

「クラウド、わかる?私よ、ティファよ」

「てぃ・・・・・・・・ふぁ」

しかし碧の瞳は別の世界をさまよっていた。無為につかまれた髪は指の間に絡まり、ティファは顔をしかめたが、笑った。嬉しかったから。今まで一度も触れてはくれなかった指先が、本人の意志とは無関係であっても自分を探りあててくれたから。
顔をしかめたのは、やっぱり痛かったから。

「いたいよ、クラウド」
僅かでも希望が持てる、自分に言い聞かすようにささやくティファが痛々しくてバレットはもうこれ以上、ここにいてはいけないと思った。 男にしては細い指に絡んだ黒髪を丁寧にほどくティファの顔を、バレットは見なかった。

 背後に大きな手の気配を感じたティファは、次にキラキラと輝くものが視界をよぎって胸元に光ったのに驚いた。

「え、なに?バレット?」「ちょ、待て。・・・よし、いいぞ。じゃあ、」

出ていこうとするバレットを呼びとめた。

「これ!?・・・」エレノアさんの形見じゃないの!「なぜ?」バレットは足を止めてしまったことにまた後悔した。
「お、お守り、だぜ。けっこう効き目があるんだ。」
掌に乗せたペンダントトップはミスリルでできていて、希望の輝きにも、絶望の泪にも、思えた。
「大暴れしてくるからよ。・・・落とすといけねぇから、な。」バレットは背すじをのばして精一杯普通に言った。
「お前さんが信じてやらねぇと、ソイツは一生迷子だぜ。」

ゆっくり振りかえりティファのニの腕をぽんぽんと叩いた。
「厳しいだろうが、時々見舞いにくるからよ。」
今にも溢れそうな涙を浮かべてティファは精一杯元気な顔をした。小さく頷いたら右の瞳からつうぅと泪が頬を伝った。 それを無骨な指でぬぐってやった。 ティファはその手にそっと自分の手を重ねた。そして太い左腕を抱きしめて顔を埋めた。バレットは胸がえぐられるほど哀しかった。
抱いてはいけない。
ギミックの、血まみれの右腕を弱々しい背中にまわせば・・・もう・・・
「らしくないぜ、お前なら大丈夫だ。オレが保証してやる、な。」
「・・・・・・・・・・うん」

どんなに苦しくても辛くても、立ち向かわなくてはならないことが人生には何度かあるものだ。オレがこの子にしてやれることは、今は何も、ない。

辛い。

 一緒に逃げて、悔恨の日々を引き受けてやりたい。そんなことを少しでも思い浮かべた自分が恥かしかった。ティファは、勇気を振り絞って立ち向かおうとしてる。

 「そばにいてやれよ。」
見送ろうとしてくれたティファを断ってバレットは診療所を後にした。