砂塵の彼方

Marine

「とうちゃん・・・」
もみじのような可愛い手に髭を引っ張られて目が覚めた。

肩で息をしていた。
泪が滲んでいた。
また見たんだ、夢・・・

時計はまだ夜明け前。

プレートの下では一日中薄暗い窓の外に目をやる。いつまでたっても慣れない、朝焼けの空は見えるわけがないのに。
「マリン、もう少し寝よう」
お尻を調べると、しとしとだ。
「いい子だ、寒くないか?」
我ながらけっこう手早くなったものだと感心する。

すべすべのお尻に満足してマリンはまどろんだ。

「とうちゃん・・・」
「マリン・・・あ!」

初めてだった。

眠りに落ちて行こうとするマリンがオレを「とうちゃん」と呼んだ。オレはお前のとうちゃんを、かあちゃんを!

また泪が溢れてきた。

 

 

燃えさかる村を夢中で走り回った。

ミーナを探して、右腕の痛みを思う余裕はなかった。

ミーナは息たえていた。腕の下には親友のエレノアをかばって彼女もまた息たえていた。ふりかかる火の粉がじわじわと全身を焦がすにまかせて、バレットはたち尽くした。
どうして泪が出ないのだろう。
目の前の現実を受け入れられないからだろうか。

声も出なかった。

ミーナを抱き起こしてはじめて右腕がいたんだ。
激痛にミーナの体を支えきれなかった。かさかさの地面に、守れなかった愛妻が無言でこぼれ落ちた。さらさらの黒髪が熱気にあてられて、見るも無残によじれている。頬を汚したすすをぬぐってやりたくても、二の腕から先が無いんだ。
こんな姿であの世に行かなくちゃならないなんて。オレは・・・

どんどん火の手がせまってくる。

オレもここで、この火の中でいよう。

ミーナ、すまねぇ。
そばにいてやれなかった。

座りこんでミーナのなきがらを抱いた。

お前を取り落としてしまった・・・
すまねぇ・・・

魔晄炉建設に賛成してこのザマだ。
お前に楽な生活をさせてやれると思ったんだ。
新しい服の一枚でも買ってやれると・・・
なんだ・・・
言い訳ばかりじゃねぇか・・・

もう終わりだ。

そのとき、赤ん坊の泣き声がバレットを激しく揺さぶった。

エレノアの胸に守られた赤ん坊は生きていた。

いちどだけ、あんまりダインが言うから抱いてやったことがあった。
奴には悪いがお世辞にもかわいいとは思えなかった。それにぐにゃぐにゃで、今にも壊してしまいそうで慌ててエレノアの腕にかえしたんだ。
でも今はそれどころではない。
ただでさえこわごわなのに、右手が使えない。
さいわいマリンは、バレットの左手にすっぽり収まってしまった。
怯えて泣くマリンのぬくもりが、バレットに訴えかけた。

生きたい

メキメキメキ・・・・子どもの頃ダインと登った木が倒れてきた。

ミーナとエレノアは連れ出せなかった。
振りかえれなかった。
弔いも
別れの言葉も
何もないまま
愛する妻を炎の中に置き去りにして
バレットは走るしかなかった。

 

オレはお前のとうちゃんの手を離したんだ。
かあちゃんを火の中に置いてきちまったんだ。

胸に疼く記憶、オレはマリンのとうちゃんになんかなれない。
ごめんな、マリン。
お前のとうちゃんの言うことを聞かなかったから。
お前のとうちゃんは、オレなんかと違って……