コレルの青空

見晴かす美し故郷

ぱたん、ぱたん
ごとごと
ぱたん、ぱたん
ぎしぎし
カタカタ カタ カタカタ
うろうろうろうろうろ
ぱたん ぱたん

「ちょっとぉ〜、少しは落ちついたら」
もぉ、そんなおっきな体でうろうろしたら。
いつか動物園で、見たことがある気がするんだけど・・・
「さ、すわって。」
促されて渋々椅子に腰掛けたものの、バレットは腕組をすると
むつかしーーーーぃ顔でドアを睨みつけている。
そんなに睨んだら穴が開いちゃう・・・
「今からそんなに力んでどうするの。はい、リラックス」
広くて大きな背中をぽんぽんと叩いた。

この背中には大きなやけどの跡がある。アルテマウェポンのシャドウフレアから、…私を守った――背中だけではない、体じゅうにある無数の傷跡のあらかたは、ティファへの深いふかい愛。このあつい思いにどうやって応えれば、彼は喜んでくれるだろうか。15年間、ずっと考えてきていまだに答えが出ない。
「いいんだよ、そんなこと…」
照れて笑う、そしてそっと呟く、…ティファが元気なら、それが一番だ。
バレットのみつけた「幸せ」のかたちがそこにあった。

 

バレットが落ちつかず、うろうろ、いらいらしているのには同情してやってほしい。  

 

 

 

3日前、それは突然やってきた。
「父さん、会ってほしい人がいるの」
酸欠の金魚がよくやるように、口をパクパクさせるバレットは、ティファとマリンを交互に見て
「わ、かった」
それだけ言うのがやっと。
「サンキュ、じゃ、日曜ね」
幾つになってもマリンはおとうさん子、バレットの首根っこにまとわりついてちゅ、をすると2階へ走っていった。いつもは目が線になってご満悦のバレットが流石に、フリーズだった。

「ティ、ティファ。お前知ってたのか?」
冷や汗をぬぐいもせず、バレットはのどからふりしぼるようにそれだけしか言えない。足はガクガク、わなわなと肩をふるわせ、目には泪が浮かんできた。
「だ・か・ら、いつも言ってたでしょ〜」
ぶ厚い胸を両手で押し戻すティファの目も、潤んできた。とび色の瞳にうろたえた顔がうつった。
今から愛娘を取り上げられようとしている親父の顔が。―――愛娘・・・好きだった人の娘。彼女とそっくりに育った娘が――

 

「マリンももうはたちよ」
あのころの自分と同じ歳になった。
星を救って、クラウドと別れたあのころの私と。
ずっと密かに愛してくれていた人に気がついた私と。
ざあっと音を立てて、ティファの記憶が呼び戻された。

 

 

 

 

 

ティファは生まれて初めて満足に眠った気がした。ここには自分の居場所がある、ティファの幸せはとても身近にあった。
バレットが、自分を家族として迎えてくれたから。これから、あなたが私の故郷…。子供にも恵まれた。賑やかで、ざわざわして、決して裕福ではなかったけれど忙しくて楽しい日々だった。

いつからか、コレル村セブンス・ヘヴンは身寄りのない子を預かるようになった。魔晄に頼りきる愚かな生活は昔のこと。コレル特産の石炭が日々の生活と共にあるようになるまでさして時間はかからなかった。仕事のある炭坑の村に人が集まるのも当然だった。

 

 

先頭に立って穴掘りに精を出すバレットが、「いつもすまねぇ」と、頭を掻くときはたいてい新しい子分を連れていた。
アバランチ時代の罪滅ぼしかもしれない。
10やそこらで炭坑のキツイ仕事を手伝い、1人で生きなくてはならない子供たちをせめて身の回りだけでも目を配ってやって欲しいというバレットの申し出を、ティファは及ばずながらと受けるようになった。自分たちの子供、双子の男の子テリーとハリー、そしてダインの忘れ形見マリン、3人でもけっこう賑やかなところに何人かのみなしごが加わって、「いつも合宿みたい」とは、ティファの談。

ケインはそうしてコレルにやってきた少年のひとりだった。

「あのガキ、オレの懐を狙いやがったんだぜ。」
バレットは言葉とは裏腹に嬉しそうにティファに話した。

所要でミッドガルを訪れたバレットに、背後から小さな鋭い影が襲いかかった。手もなく返り討ちにあった少年は、あっさり囚われの身となり貨物室の隅に縛り上げられてしまった。たいがいの少年なら泣き喚いて許しを乞うのがせいぜいなのに、少年はバレットに食ってかかったという。
「生きるためなら、どんなことだってしなきゃなんないんだ!」
この眼光鋭い少年をバレットは気に入ってしまった。
「ほう。なら、オレたちが雇ってやる。チンピラのできそこない!」
「うるせー、おれにはケインっていう名前があるんだ!」
この跳ねっ帰り具合がたまらない。
「そうか、ケイン。きっつい仕事だが、メシとベッドの保証はしてやる、もちろん給料もな。」
不承不承に見るまなざしの奥には、かすかに安堵の色があったことをバレットは見逃さなかった。
「おれだって好きでかっぱらいしてたんじゃないんだ。給料、キチンと払ってくれよな」
にっ、と笑ったバレットが縄を解いてやった。

 

 

ティファの前に引き出されたケインは、無愛想に突っ立って
「ケイン・・・です。」
小声で言うとぺこりとお辞儀をした。途端にバレットのげんこつが降ってきた。
「ったく、12にもなって挨拶ぐらいちゃんとしろい!メシ抜きにすっぞ」

とび色の瞳に見つめられてどきどきしたなんて、このおっさんにいちいち言えるもんか。

叩かれた頭を抱えたケインがおかしくて、ティファが助け舟を出した。
「ダメよバレット、右手は!硬いんだから。 ケイン、よろしくね。わたしティファ、こっちがマリンで、テリーとハリーよ」
「よ、よろしく・・・ティファさん」
「ケイン、あなた、格闘術を習わない?スジがよさそうだし」
このごろトレーニングを再開したことをバレットも喜んでいた。【あの頃】に、ティファなりの気持ちの整理がついた証拠だろうから。
「はぁ・・・?」
ティファが先生だと分ったらコイツどんな顔するだろう、バレットがにやりと含み笑いをこぼしそうになった。返事をするよりも先に、ケインを子供たちが取り囲んだ。
「ごはんあるよ!」
マリンに手をひかれてテーブルについたケインは、やっぱりまだ子供の顔でしかなかった。

マリン9才、ケイン12才の出会いは、秋の夕暮れだった。

 

 

 

 

 

「おかみさん・・・実は・・・」
カウンターで仕込みをしているティファは、暗い顔のケインをちらりと見てからすぐに手元に視線を落とした。
「暗い顔ね、悩み事?」
並んで仕込みを手伝うマリンの様子から、大体のことは察しがついた。
「ねぇ、ティファ・・・実は、私達・・・」
ほらね。
「おれ、マリンと結婚したいんです。それで、」
実際、口に出されるとこんなにびっくりするものとは思わなかった。仕込みの手が止まって、2人を代わる代わる見た。ティファは言葉を捜した。
「マリンは、どうなの?」
耳の付け根まで真っ赤にしたマリンが、うつむいて
「私も、ケインと・・・」
すっと顔をあげた瞳はクリスタルのように輝いた。
「結婚したい。でも、」
目を伏せるマリンの言葉の続きはきっとこうだ、
『父さんになんて言おう』
「でも、なぁに?」
意地悪な私、わかってるくせに。
「親方に何て言えばいいかなって、」
「そう、それで、ティファに相談をしようかなって」
うーん、私は経験がない。
そのとき、店のドアが開いた。どかどかとやって来たのは、
「よぉ、久しぶりだな!」
シドだった。

 

「そらぁ、おめぇ、いい度胸だよな。」
ぷか〜〜〜っとふかす煙草の煙も相変わらずで、シドはケインを見た。
「はい、どうしたら親方に許してもらえるか、2人だけじゃあ分らなくて。」
カウンター越しにティファが身を乗り出した。
「ね、シドは何て言ったの、シエラさんのお父さんに?」

げほっげほっ…そこいら中を煙だらけにしてむせてしまったシドを、いたずらっぽくティファがたたみかけた。

「ほら、私ってそういう経験ないのよね。だからこの子達にアドバイスできないでしょう」

マリンがコーヒーをすすめた。

シドはティファの口元がにやりと歪んだのを見逃さなかった。
あの頃とちーっとも変らないな、ちくしょう!今夜あたり、無いことないこと亭主に告げ口するに違いネェ・・・仲人(注、当日のみ)までしてやった恩を仇で返そうって奴らだ!くそ、オレ様はお前らへの娯楽提供者なんかじゃねぇんだぞ。

シドは煙草の灰をつんつん落としてから、ケインを見た。
「しゃあねぇわなぁ、2,3発殴られる覚悟で言うしかねぇだろう」
くいっと、コーヒーを飲んだ。
「ま、頑張れよ。」
今月の運行スケジュールをカウンターにおいて、シドは席を立とうとした。が、次の瞬間、気迫のこもった視線を感じた。
ケインだ。
何て鋭い視線だ、こりゃ一つ間違うとえらいことに・・・
「シドおじさん、ありがと。頑張るね。」
そうだそうだ、どこの親父が娘の幸せを邪魔したいものか。
「おう、頑張れよ。じゃあ、ティファ、またな」

しまった、聞きそこねた。シドったら逃げ足だけは速いんだからもう!
ティファは肩をすぼめて小さな溜息をついた。そう、人のことより、うちのことだ。

 

 

 

 

 

無造作にドアが開いた。
いつもと変らないはずのマリンに、バレットは絶句した。

今度はバレットの記憶が嵐のように蘇った。

エレノア・・・

俺のほうが先に好きになったんだ。

ガキの頃からよく言われた
「全く・・・お前らは1人づすならほんとにヨイコなのに、 なんで2人になったらそこまで度の過ぎたいたずらができるかな?」
ダインとバレット、ふたりは親友だった。最も信頼できる仲間であり、最高のライバルだった。長じてコレル村の青年団のリーダー格として2人は村長の信を得ていった。同じ女を好きになったときはたいへんだった。

それがエレノアだった。

遠い、海を越えた炭坑からコレルに流れてきたエレノアの親父さんは「ミスリル」という不思議な石の出る洞窟にいた。もう人殺しの道具を作る時代じゃあないとか、親父さんは話してくれた。立派な武器が作れるというこの石は、娘のペンダントになって輝いていた。コレルの若衆はこの親父さんの話しが楽しくて、よく集まったものだ。

ばれていると思うが、親父さんの話しは1回聞けばおしまいだ。若衆は当然、エレノアに会いたくて日参していた。身なりなどかまわない連中が、きちんと風呂に入ってこざっぱりして集合した様子は、こっけいの一言だった。でもしかたがない、それが男ってもんだから。

あるとき、バレットはエレノアに呼びとめられた。
「あの、ちょっといい?」
うっとりするような栗色の髪を左側で三つ編みにしたエレノアが、バレットを見上げて言った。胸がどきどきする、なんて、ありきたりの表現しか見当たらなかった。
「な!なんだい?」

寒いよ。『なんだい?』なんだそりゃ?

「その、ちょっとお願いがあるの」
憧れのエレノアが「お願いがある」だと!バレットは完全にまいあがっていた。
「おう!困りごとか?」
やたら張りきって、声が大きくなった。
「また今夜、父さんがうちにおいでって」
天にも昇るとは、こんな気分なんだ!
「嬉しいな、親父さんの話しはいつ聞いてもタメになるんだ!」
親父の話しなんか、右から左だ。きらきらきらと、エレノアの顔が輝いた。
「ああよかった、是非、ダインさんと一緒に来てくださいね!」

え?

「ダインさんは一度いらしてくれたきりでしょ、バレットさんがさそってくれたらきっと」
バレットは固まった笑顔でエレノアが何か言っているのを眺めていた。頭の中を「ダインさん」という言葉だけがくるくる巡っていた。
「――さん、じゃあまた後で」
我に帰ったとき、エレノアはこぼれるような笑顔で駆け出していた。その夜を境に2人は急速に親しくなり、バレットは親友の恋を歯をくいしばって見守った。

そしてエレノアが結婚した夜、村中の若い衆はうち揃ってやけ酒をあおった。おかげで新婚初日のやつらの顔を拝まずに済んだが。

バレットの恋はこうしておわった。

 

 

エレノアがダインのヨメになったのと同じ年頃になったんだ、マリンがかあさんに似ていて何の不思議もないのに。バレットは一言も思いを伝えられなかった憧れの女性を、またもや取り上げられることになるのだ。

 

 

 

 

飲めない酒をあおって、2日どころか数日酔いのバレットが痛い頭を抱えるのを恨めしそうに見つめる娘がいた。
「だって、みーんなでエレノア、エレノアって。」
ミーナに恋心を打ち明けられた。正直、驚いた。

バレットはミーナの生まれた朝のことを覚えている。

小さな村のことだ、どの家の子も兄弟姉妹同然に育てられていたから。おんぶもしてやった、いじめられているのを助けてもやった。一緒に風呂にも入った。そんなミーナが自分を見ていたとは、かなり複雑な気分だ。

「けどよう、お前、ままごとの続きじゃねぇんだからよぉ」
実際、そうだった。
「なによ、じゃあバレットはアタシによその村へお嫁に行けって言うの!?」
確かに、村中ひっくるめて全員幼なじみだよな。
「そうじゃねぇけどよう、なんだ、その、」
勇気を出して打ち明けたというのに、まともに取り合ってもらえなかった。ミーナはしょんぼりと俯いて黙りこんだ。やばい!こいつ、泣くぞ。
「そ、そうだ!な、ミーナ。」
屈みこんで懸命にとりなした。一触即発、バレットは慎重に言葉を選んだ。
「しばらく、その・・・つきあうってのはどうだ?」
バレットは問題解決を先送りすることに成功した。小首をかしげたミーナは頬を赤く染めて小さくうなずいた。

 

半年も経たないうちにバレットがミーナを娶ったのは大方の予想通りだった。口の悪い仲間達は、ダイン、そしてバレットの新婚宅周辺をさして「通行注意、耳栓、サングラス、耐熱服着用無き者の通行を禁ず」などと妬んでののしったが、当人たちは至って平静だった。

ミーナの笑顔があれば他にもう何もいらない、バレットは心から思えた。

生まれる前から決まっていたような、自然な成り行きだった。やがて自然と子ができて、親になって、騒々しく暮らすことになるだろう。貧しい炭坑の村にずっと続いてきた風景は、これからもさして変らず繰り返されるに違いない。誰も疑わなかった、平和でのどかな当たり前のときの流れだった。あの制服どもがやって来るまでは。

 

 

 

 

 

 

 

「こわい?」
飲めない酒につきあうバレットは、グラス一杯のワインで赤くなった顔を、ダインに近づけた。
「あんなにぐにゃぐにゃで、気色悪いとは思わなかったぞ」
溜息をついて暗い顔をしてみるが、どうやっても口元がゆるんでしまう。ダインは昨夜、父親になったばかりだった。

「そんなに気色悪いなら、オレたちがもらってやるぞ」
目が笑っていなかったので、ダインは慌てた。
「だめだ!2年も待った子だぞ。誰にも渡すものか!」
「わっはっはっはっ!早速ヨメにはやらん宣言だ!」
バレット夫妻に子どもはまだいなかった。あのダインが父親とは・・・本人がそうなんだから、みているバレットに実感が沸くはずもない。

「名前は、マリン、にしたんだ」
自然と笑顔になるのは仕方がない。
「エレノアがおふくろさんか」
遠くを見るバレットに、ぽつりとダインが呟いた。
「エレノアのやつ、あのころお前の話ばかりしていた」
「えっ?」
「バレットさんが連れてきてくれたから、ってさ」
そりゃぁ、哀しい思い出だ。オレはようやく忘れたのに。
「おかげでオレは、アイツの気持ちが掴めずにいたよ」
何をのろけやがって、ちくしょう、ざまあみろ!
「だからオレもお前には感謝してるんだ」
「へへへ、」
2人はにやりと笑った。
「マリン・・・か。いい名前だ」
ダインは頷いた。

 

 

 

 

 

 

「−−レット」
はっと我に返ると、何時の間にかマリンはケインと並んで座っていた。
「親方・・・」
きた・・・遂に来た。お前が。俺からマリンを取り上げる野郎か。いい度胸じゃねぇか!

つい昔のくせで、右腕をかまえようとしてしまう。でも今、バレットに銃口はない。10年前のクリスマスに、腕を作りなおしてもらったのだ。

傍らのティファがそっと膝に手をおいた。ふと緊張がやわらぐ。そのまま、昔と少しも変らない・・・むしろますます美しさを増すやわらかな頬を見て、バレットは腕をおろした。

テーブルのお茶がすっかり冷めている。いつからこいつらは並んで座っていたのだろう?バレットはすっかり緊張していた自分に気がついた。

ティファが打ち合わせでもしたかのように切り出した。
「それで、ケイン、話しって?」
マリンの顔が眩しかった。ケインを見るマリンが神々しくさえ思えた。
悔しかった。
哀しかった。
オレの前にしゃあしゃあと、マリンと並んでいる。こんなことならあのとき、うちに連れてこなければ良かった。
けど、
もう、
遅い・・・。
四つの目に見つめられたバレットは覚悟を決めた。腹に力を入れて背筋を正した。

それに応えるように、ケインも黒い瞳に力をこめた。
「親方、マリンさんとの結婚を許してください!」

炎の中から助け出した小さな赤ん坊がこんなに大きく育って今そこに座っている。親友の、そして好きだった人の娘が、未来へ命を繋ごうとしている。オレが命に代えて守り抜こうとした娘が、オレの娘が、オレの手から旅立とうとしている。

まだだ。まだ力を抜いちゃいけねぇ。

ティファはバレットを見た。
愛娘を見つめるその姿に、かける言葉が見つからない。

突然、バレットが立ちあがった。部屋中の空気がびりびりする。マリンとティファがつられて立ちあがった。

しかしバレットは首の後ろに手をやって、ペンダントを外した。掌に乗せて万感の思いで見る輝きは、今日、特別に美しい。マリンに歩み寄る足が震える。
「とうさん?」
手が震えてうまくフックをかけてやれない。
「お前の・・・かあさんと、とうさんから預かった。幸せにな、おめでとう、マリン」
とうとうかわいい娘の顔がぼやけてしまった。
「そんな、私は、マリンは父さんの子よ。今までも、これからも、ずっと、ずっと!」
抱き合う父娘にティファも目頭が熱くなった。

 

 

「さぁ」
促したバレットは、笑顔でマリンを見た。
オレの胸で泣くのはこれでおしまいだ。

ケインのもとに押しやる、そしてまたマリンを見た。記憶に焼き付けようとするようだった。
「ケイン、今度はお前がマリンを守る番だ。」
視線が絡み合って火花が散った。しかし、
「マリンを、オレの娘をよろしく頼む」
バレットは深く頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

ティファはバレットを1人にしてあげようかと思ったが、止めた。2人が立ち去った部屋の空気が重すぎたからだ。ドアを閉じてティファはバレットの隣に腰掛けた。放心状態のバレットの肩をポンポンとたたくティファもほーーっと深く息をついた。
「お疲れさまでした」
お茶はすっかり冷めている。4つのカップはだれも口をつけていないことに今頃気がついた。
「お茶、入れてくるね」
立ち上がろうとするティファの手首を大きな手が捕まえた。下を向いたまま首を横に降るバレットに、言葉はなかった。

 

 

「さっきは、あんなこと言っちまったけどよう・・・」
バレットはティファの胸で泣いていた。
このごろ白いものが混じるようになった頭を撫ぜるティファに
「オレは嫌だ!」
顔を上げたバレットがすがるような目で訴えた。
ティファはちょっと考えてから、口を開いた。
「マリンはいいな。」
大きな手をとって頬にあてた。
「私も・・・パパにお婿さんを見てもらいたかった。」
バレットは怯えた少女だった頃のティファを思い出した。
「ティファ・・・」
しかしティファはこれ以上ない笑顔で続けた。
「だって、こんなにステキな人なんだもの!」
情けないボロボロの涙声を、ティファには聞いてもらいたかった。
「ティファ、ありがとうな・・・」
弱い自分をさらけ出しても構わない唯一のひと、自分にそんな人がいて本当に良かった。バレットは、あのときティファを女房にしてよかったと、ようやく思えた。

 

 

 

 

 

Epilogue

 

「ね、バレット。今度ミディールにつれていってくれない?」
耳元で囁く声にバレットはぎょっとして顔を上げた。
「ミディールってお前!」
分厚い肩を白い指がくすぐる。
「そろそろ骨休めに温泉なんてどうかなって思ったのよ」
その言葉に他意はなさそうだった。
「骨休めならどっか違う所でもあるだろうが。」
小さく首を横にふるのは、ごく自然な笑顔だ。
「2人きりって、なったことありそうで…ないでしょ。」
すんなり承諾するわけにはゆかないと、バレットは黙りこくった。場所がばしょだけに…。そんな気遣いを感じてティファは、背中にまわされていた腕をほどいた。
「今は私もあなたと2人きりになりたい気分なのよ」
ぽりぽりと頭を掻いて尋ねた。
「けどよう、なんでわざわざミディールだ?」
とび色の瞳にきらりと光が走った。
「あそこは私の再出発の場所だもの。」
節目に訪ねるのにはふさわしいと、ティファは言う。
「それにね・・・」
頬を赤くして思い出し笑いの恋女房が不思議だった。

どうだってよさそうなことばっかり、いつまでもしつこく覚えてるもんだ、女ってぇのはよぉ、とは、シドの口癖だ。あながちそうとも言いきれないぜ、と、しばし反論などするが。バレットはそれ以上の詮索をせずに頷いた。

「温泉か、よさそうだな」
「やった!バレットだいすきーー」
はじけんばかりの笑顔とはこれのことだ。頬ずりをされて、バレットはようやく「笑おうかな」とすっかり冷めたお茶を飲み干した。