夏のおもいで

 

石炭を運搬することを目的とした船だから、人間さまにとっては乗り心地のいい物でないことは確かなようだ。不機嫌そうなバレットが、双子の息子を従えて疲れた様子で下船してきた。
不機嫌そうに港を見渡して、出迎えのケインに大きく手招きをした。
「親方!おかえりなさい」
挨拶は元気よく、と、それが唯一バレットが五月蝿く言い続けた躾だ。
二言、三言短い言葉のやり取りの合間にクリップボードや何かを手渡すケイン。急な不在もこの青年がフォローできるようになったのかと、バレットはときの流れを感じた。それと同じことなのだが、水よりも濃い関係となると冷静でいられないのは仕方のないことなのだろうか。

散々船の中でケンカしたのにまた蒸し返してしまった。
自分は炭坑以外の世界を知りたい、とくに反対されているということもないのに。けれど父親がよその子を頼りにしている様子に複雑な気分でつっかかる、テリーは自分を持て余しているのかもしれない。

「石炭石炭て、とーさんは掘るだけじゃないか!」
人と話すときはちゃんと目を見て!これもバレットの口癖だ。
だから父子の会話はすぐに臨戦モードに突入してしまう。
このところのテリーの勢いときたら、口を開けばケンカだ。
「なにおう!!」
また始まった、ティファは呆れ顔で明後日の方を見る。
子供の言うことを真正面から受けとめる、といえば聞こえがいいがバレットの場合はたんに大人げないとしか思えない。その上、2人きりにしておけばいいのに、すぐに参戦するものが出る。
「テリーは穴掘りよか、空の方が向いてるんだよ多分」
おとこ3人、外見が実に良く似ている。小さい頃は母親似だと言われていたが年頃になると顔つきが変わってきたようだ。
面白いからと、シドが顔を見たがり「いつでも遊びに来い」などとそそのかすので、とくにテリーがロケット村に密航するようになった。
「よしなさいよ、2人とも!」
お姉さんらしく仲裁をするふりをして、マリンまでもが混乱に輪をかけるのだ。
兎に角、仲間外れになりたくない、といった感じで突っ込んでくる。
「けど、おねーちゃんも言ってたじゃんか」
ハリーも戦火を広げるようなことを平気で言う。息子たちの反抗だけかとかまえていたのに、野郎どもをなぎ払うようにはゆかない。娘の前に父親は無力なのだ。
「ぐぅぬううう!」
ただ歯軋りをするしかないから、余計に負荷がかかって爆発が烈しくなるに決まっている。だからびしりと裁定がくだるのだ。
「いーかげんになさい4人とも!!もう!本当に怒るわよ!」
本当に起こると怖い人の鶴の一声で、不満を少々胸に抱きながらも4人は港を後にした。



父さん怒ってた。
テリーったら、また運搬船にもぐりこんでシドおじさんの所にいったもんだから。
定期便が立つのも考えものだって。
それにシドおじさんも追い返すどころか、機械いじりとか飛行機の操縦とか、いろいろ教えて
「よう、スジがいいぞ!」
なんて褒めるものだから、すっかりその気になってる。
「オレ様も12のときにはエンジン、ばらしてたぜ。」
同じ年頃のテリーにはたまらなく魅力的な響きなのは当然よね。
それに、おじさんのところには男の子がいないから弟たちのことをすごく可愛がってくれるから。

結局、4人で迎えにいくんだけど、そうなると父さんの機嫌が悪くなるのよね。
どうして父さんはテリーとハリーにだと、あんなにムキになって怒るのかな?
実の子と私を1回だって区別したりしたこと、ないけど。
ティファは、男同士の愛憎のもつれ、なんて、わからないこと言うし。
ちょっと寂しいのは事実。




港でひと悶着あって、それでもご飯どきのごった返した騒がしさのおかげか、結局は家族がいっぺんにテーブルを囲む。気まずいなら誰かが時間をずらすとか普通のおうちならそうらしいが、うちの場合はそうはいかない。

マリンは半ば呆れて、「うちのおとこども」の理解に苦しむ食欲魔人ぶりを
眺めていた。

さすがに和やかな、というわけにはゆかない今夜の食卓。けれど、だからこそ
恐ろしい勢いで食べ物がなくなっていく。
うちで遠慮した日には、「食いっぱぐれる」のだから。
食べ盛りの弟たちはともかく、そこにとうさんまで同じペースで突っ込んでくる。
「父親のプライドよ」って、ティファはさめた目で言うけれど。
とうさんには、私たち3人のほかに、いろんな理由で引きとって面倒をみている子が何人かいる。
その子達も一緒にご飯を食べるから、とても賑やか、なの。



12のときにミッドガルから連れて来られたケインも、わけあって「うちの子」になったひとり。バレットは年端もいかない子ども達を庇護はするが、父親の様には振舞おうとしなかった。彼らのちいさな胸の中にはちゃんと親がいて、それは何人たりとも冒すことのできない大切なよりどころだと知っていたからだ。だから彼らには仕事を与えて、対価を支払った。契約を交わした関係で接することにより、親を失った子達が社会で生きていくのに必要な事柄を身につけ、生きる術を手にし、自信を回復させていた。
ずっと村に止まる子もいれば、やがて独立して思い思いに旅立つ子もいた。
彼らはバレットを「親方」と呼んで慕っていた。
ちなみにティファのことは「おかみさん」だ。決して、かあさんではない。



2人はよく、話をする仲だ。
気が合う、というのは重要なことで、いつしかその多くは長い時間を寄り添う相手として惹かれあう。
だがいまは、気が合うことが2人にとっては何を意味するのか、わからない。

「マリンが羨ましいよ」
「どうして?」
ペルセウス座流星群の夜、食事当番の2人は後片付けの忙しさの中で話しをしていた。
セブンス・へヴンの勝手口から見える小さな星空がぼうと輝いた気がしたが、流星の見える時間はもっと後。

「父さんも母さんも、兄弟もいてさ。」
昼間の騒動を思い出して、くすっと笑うケインが続ける。
「一緒に暮らせてさ」
ちょっと似ている、ケインの瞳も黒曜石のようにキラキラする。
マリンを必死で守ってくれるあの人に、だからかもしれない。
ケインあのね…
ほんの一瞬、瞳が澱んだのにケインは気がつかなかった。
それほどわずかな涙だった。
「え?わたしもケインと同じよ。」
汗を拭いたと思ったのはケインだけ。
「お、同じって!」
ケインわたしね…
「そうよ。同じ。」
横顔を見つめてしまい、動悸がするし目眩がするし、ケインは一般的に言う
【パニック】に陥ってしまった。
そんな様子に、マリンはじろりと睨みつけて言った。
「ケイン、まさかティファがわたしの本当のかあさんだなんて、信じてないでしょうね。」
それは、・・・親方を「とうさん」と呼んでいるのにおかみさんのことは「ティファ」と名前で呼ぶから、わかっていたつもりだ。
「え、親方は・・・」
それ以上は尋ねられない。
「とうさんは、本当のとうさんはね、わたしがまだ赤ちゃんだった頃に死んじゃったのよ。かあさんも。」

つい先日、ひょんなことから知った事実。

どうしてケインにはさらりと話せたのか、マリンは自分に驚いた。
そんな事情は知らないケインも、言葉を失った。
ケインは今、マリンと同じ空気を吸っているんだと、肺胞の一粒一粒が熱くなるのを感じた。
同情とか、哀れみとか、そういうのではない。
「だから、顔も声も、全然知らない。」
マリンは哀しそうな顔をどうやってすればいいのかわからないのだ。
とうさん、かあさんに、会いたいと言ったところで記憶が本当にないのだから。
でも、会いたくないといえば嘘になる。


「ごめん、知らなかったから。」
それしか、言えない、だろ。

左の頬だけでひっそり笑うマリンは、ケインを見なかった。

この季節、といっても、ミッドガルのスラムに季節を感じるようなモノは先ずなかった。
ただ、暦が夏を告げたある日、ちょうど今頃のように熱風を感じながら浜辺にあそんだ、それだけが両親と弟との鮮やかな思い出。焼けた砂浜を歓声を上げて走り抜けるところから、唐突に思い出される、家族の風景。
前後は不思議なほど忘れているのに、メテオに焼き尽くされて何一つ手元に残っていないケインの、大切なよりどころ。自分は誰かと問われたときに、唯一確かなものは、あの、浜辺の記憶だけ。

けれど、ケインはこのごろ沈んだ気持ちになってしまう。

「何て言うか、その、下手に覚えているっていうのもけっこうこれが辛いものなんだ」
――初めはね。でもさ、5年もたつと、だんだんお父さんとお母さんの顔を忘れそうになるんだ。 でも、家族で海に行ったりしたのを良く覚えてる。――

ミッドガルは、ほら、燃えちまっただろ。
うん。カームの塔の上から見た。
写真とか、モノはさ、ないんだ。何にも。

こくりと頷くマリンは、バレットが話してくれたことを思い出した。
――村は焼き尽くされちまったから、何にも残っていないんだ。――
それからティファの言葉も思い出した。
――私はよく、父さんから『お前を見ていると母さんがそこにいるみたいだ』って言われたよ。だからマリンもきっと、…でしょ、バレット。――
この話をされるとバレットが決まって赤くなってしまうのが、マリンには謎だった。

「似てるね、わたしたち」
ケインの体温は、マリンに心地よかった。
艶やかな三つ編みが、ケインのまだ十分にたくましいとはいえない二の腕に触れた。
惹かれあう瞬間、寄り添う少女の肩を抱かなかったのはなぜだろう。
ケインは自分の口から溢れだす思いを、もう、とめなかった。
―――覚えていたいのに、どんどん忘れて、ううん、薄まっていく感じかな。
そんな自分が、悲しくなるんだ。――
不思議なほど、心は穏やかだった。

家族の、両親のことを、誰かに話すのはこれが初めてだったのに。
涙が出るのかと、思ったのに。
マリンには話せた。
「ふうん、そうなんだ。」
マリンも、穏やかな胸のうちにやはり驚いた。

わかったから。
ティファが、とうさんにくっついてきたのも、…こんな感じだったからかな。
だったら、しょうがない、かな。
涙が出るのには理由が要るのだろうか。あるとすればそれは…
マリンの胸にあるのは、ひとりの男性のこと。
いつもそばにいて自分を見守ってくれていた、父親として。

ケイン、ありがと。話してくれたこと、きっと忘れない。