砂塵の彼方


Star Dust

 


ひどく体が重くて頭の中をぐぢゃぐぢゃと揉みしだかれるようだ。体の節々が軋む。
口の中にブツブツが無数に出来ている。舌先が触れるたびに、自分の体なのにこんなに気持ち悪くていいのか?ロクに食べず、昼も夜もなく、びら配りか運送業者の積みこみバイト、そして神羅の探索。いつ眠るというわけではない、気持ちだけがたかぶっていたから。

このオレが寝こんでしまった。

ミッドガルはこの時期、じめじめと湿度ばかりが高く、上空を遮られたスラムとなると健康的に過ごせるわけがなかった。夜も気温が下がらず、満足に眠れない。何度も目覚めては寝つけなかった。
体力のない子供や老人、病気を得たものが少なからず命を落とすのもこの時期だった。
炭坑の仕事で鍛え上げたと信じていた体とはいえ、さすがに無理がたたったようだった。
ここで休むわけにはゆかない、気持ちだけは繋いでいたいバレットは必死に身を起こした。
途端に吐き気が襲い掛かってきて、体の中身が全部逆流してきた。

オレはこのまま死ぬかも・・・
本気でそう思った。

 

 

あながちはずれてはいなかった。
人間の直感というのは結構本質を見極めるものである。ドクターはバレットの安静を申し渡した。
「10日の活動停止・・・いいですね、死にたくなかったら10日だけガマンするように、みなさんも協力してください。」
ドクターは久しぶりに顔を見たティファにきつく言った。そしてすっかり穏やかになった表情に、少し戸惑った。
こんなに愛らしい少女だったんだ、まるで別人だ。
師匠が知ったらさぞや安心するだろうと、胸が熱くなった。

「大丈夫です、過労には休息がいちばんですよ。」
ドクターは見送りを丁寧に断り夜陰に紛れてしまった。

 


今夜はとうちゃんと寝られないよ、
不安顔のマリンをあやしてティファが語りかけた。
随分抱っこが上手になった。
帰りの遅いバレットやメンバーの皆を待ちきれずに、ティファの腕の中で眠ってしまうことも多くなったマリンだが、今夜は雰囲気が違うのを感じ取ったのだろう。
大きな目をパッチリ開いたままで、とろりともしない。
「・・・ちゃん・・・」
心細く父親を呼ぶマリンは、親指をちゅっちゅっし始めた。

 

つんとすえた匂いがしてドアが開いた。
疲れきった顔のジェシーがティファを見て大きくひとつ溜息をついた。
「ウェッジは?」
手に持った洗面器に辟易として言う。
「リーダー、げーしちゃったよぉ。なんかゆすぐもんとか、もってってくんない?」
マシンに向かっていたヴィックスはそれを聞いただけで
「わ、だめっす!オレも・・・」
連鎖反応だと青ざめた。
やれやれ、と、機械いじりの手を止めたウェッジがジェシーに
「おう、タッチ!」
交代して病人のもとに向かった。


「マリンちゃん、おめめがぱっちりですねぇ〜」
いつもなら返事の1つもするのに、今夜は覗きこむジェシーに関心を示さない。ティファにしがみついたままの1歳児は、豊かな胸に顔をこすりつけた。
鼻の頭がほんのり赤くなる。
眠いよね、もうこんな時間だもの。
「そうだね、そうしようね。」
自分に言い聞かせるようにティファはマリンを連れてベッドルームに向かった。

 

こんな小さな子と一緒に寝るなんて初めてだから、けっこう緊張する。
間違ってパンチしたりしないかな、ベッドから落っことしたりしないかな。
おねしょされたら・・・あぁおむつだからそれは大丈夫か、でも心配。
世の中のママって、みんなこんな風にして赤ちゃんのお世話してるのね。

ママも、私のママも・・・そうだったのかな。
さびしいな、ママとこうして寝かせてもらったこと、多分あるんだろうけど。
あんまり覚えていない。
忘れてしまうんだ、忘れたいなんて思っていないのに。
みんなそうなのかな、小さい頃のことって、どんどん忘れるものなのかな。
でもママの顔まで忘れなくてもよさそうなものなのに。
ふふ、パパが言ってた、『お前を見ているとママがそこにいるようだ』って。

胸がしくしく痛くなってパジャマの前ボタンを2つ外した。
白い乳房に不釣合いな生々しい刀傷を指でなぞる、ティファは深く溜息をついた。
どうして私は死ななかったのか。
それより、
このアジトに身を寄せるようになってから、傷が疼いても怖い夢を見なくなった。
ザンカン先生と隠れ住んでいたころは、怖い夢を見て、それから何日も体全体がだるくて、起き上がることも出来なかったのに。

パパのことをたくさん思い出すようになった。

どうしてなのだろう。

マリンの安らかな寝顔を見ながら、ティファはいつになくいろいろなことを思い巡らしていた。

 

 

過労がたたった「バレットの霍乱」は、ドクターの指摘通り、数日を待たずに終わりを告げた。
が、本人も身の危険を自覚したのか、アバランチの活動はきっちり10日自粛された。
子どもの頃、水疱瘡になったとき以来という病人食で心持ち油の抜けたバレットは、リハビリと称して、アジト周辺の散歩及びパトロールに出始めた。
付き添いはティファ、そしてマリン。
当人にそのつもりがなくても、こんな子連れがまさか地下組織のリーダーとは見えないだろう。
そのうえ可愛いお嬢さん連れだ。
恰好のカモフラージュであったことは間違いなかった。
ティファはしかし、ザンカン流格闘術の使い手で、これまた外見からは思いもつかない。
バレットが何と言おうと、心強いボディーガードであった。


まだ昼間でもあるし、さすがに「上」に行くには危険とあって、三人は買い物客を装ってスラムを歩いていた。

「うわぁ〜なんだか、久しぶりに思いっきりお買い物したい気分だわ。」
笑顔に張りがでてきた、バレットは本当に嬉しそうなティファの様子に
「おいおい、今日はそんなんじゃないぜ。」
女の子とお買い物なんて、勘弁だぜと、おどけて見せた。
時間がかかって、荷物を持たされて、ロクなことはないものだと聞いたことがある。それでなくてもマリンを抱っこしているのに、病みあがりでハラに力が入らないんだ。
「えーーー。美味しいご飯を作ろうかなーって思ったのに。」
意外な言葉にバレットはおなかがぐ〜〜、と鳴ってしまった。
「ほら!バレット、やっぱりおなか空いてたのね」
なんだ、オレが食べる分も入ってたのか。この子は料理が出来るのか?
爆弾を作らせりゃピカ一のジェシーも、鍋だ庖丁だとなると、からっきしで、オレはずっとひもじいんだ。
メシもないよりはマシだが、たまには「ごはん」を食べたいものだ。

バレットがぶつぶつ言ううちに賑やかな市場についた。

次々に品定めをしては、値段の交渉をするティファの笑顔は見ているほうまで楽しくなってしまうほどだ。
そのうち、ティファが真っ赤な顔でバレットの後ろに隠れてしまった。
「よっ!ご主人、今夜はがんばらなくっちゃ!可愛い奥さんだね!」
露天のオヤジが勘違いしたのか。
包みの中はスターダスト(私たちはこれをオクラと呼ぶ)。
この時期の旬で、煮物にすると絶品。暑い季節を乗りきる食材として、ミッドガルでもポピュラーなようだ。トロリとした食感が子供にも食べやすい。
体力増強にも良いらしい、暑い時期はネバネバしたものが良いというのも故郷と同じ発想のようだ。
「お魚のすり身と煮ると美味しいわ、うちでは病気のときにこれをスープにしたの。だから、バレットにもきっといいと思って。そしたら・・・」

なんだそうだったのか。

ティファはまだ子どもだから、スターダストを亭主に食べさせる効能は知らなかったんだ。そうだろうな、気の毒に。

帰りの道みち、家族連れに間違われたことを赤面して話すティファは、
「びっくりしちゃった。」
などと誤魔化しながら、どんどん先を急いだ。
そりゃ恥かしかっただろう。
奥さんは気の毒だ、まだ17ぐらいで、こっちは32だものな。
かといって父娘なんて思われたらオレが可哀想過ぎる・・・

「へぇ、ティファ、料理に自信があるみたいだな。」
仕方ない、話題をそらしてやるとしよう。ちらりと見た目がいたづらっぽかったので、いやな予感がした。
「自信があるわけじゃないけど、パパはいつも上手だって褒めてくれてたわ。」

これは難しいぞ。

ムスメの作ったものをきっぱりとまずいなんて言いきる親父は、この世に存在しない。
運を天に任せるだけか。
バレットはかわいい「奥さん」がこのごろ父親のことを話題にするので、よい傾向であると喜びたいところなのだが、なんとも複雑な気分だった。

 

バレットの心配をよそに、アジトの小さなキッチンからは懐かしげな香りが漂ってきて、あっという間に食事の用意が出来てしまった。
手際のよさが腕前を感じさせる。
ジェシーとはどうも違うようだ。
料理というものはなんとも不思議な力を秘めているものだ。
バレットは感慨ひとしおで、ティファを眺めていた。

顔つきがとてもいいのだ。

はにかんだ笑顔でテーブルに並べた器に、安らぎと喜びを盛りつけている。料理を口に運ぶのを不安げに見守る瞳が、確かに愛しかった。
「うまいうまい!」
顔をあげて感想をいうと、ウインクを一つ飛ばし小躍りしたティファが可愛かった。

虚ろで、怯えきったあの少女の怒りを受けとめたバレットの、それは率直な喜びであり驚きでもあった。

もしミーナよりも先にこの娘に出会っていたら、恋をしていたかもしれない。

この娘の存在は自分にとって、とても心地いい。
いい仲間と出会えたものだ、ティファ・ロックハート。
これからも美味いメシ、よろしく頼むぜ。

セブンス・ヘヴンが店開きしたのはそれから間もなくだった。

開店の日、バレットはティファに一品をリクエストした。
「スターダストの煮物、あれ、頼むぜ。」
美味い料理と娘の健やかな成長、バレットはすっかり健康を取り戻した。それに心の平穏を取り戻したティファが、アバランチの貴重な戦力として参加するようになり、星の命は守りきれるという確信まで抱くようになった。
もう、明日にでも世界中の魔晄炉を停止できるのではないかと、思った夜更けであった。