砂塵の彼方

Once there was a way,to get back homeward

 

足元にまとわりつく砂塵を踏みわけて、男は歩いた。
いたづらにのびた髭が旅の長さを語っている。
鋼の鎧のようなたくましい背中をなぜか丸めて、大きな黒いひとみに色濃く疲れを映し出していた。

ざくっ、ざくっ、 引きずるような足取りが時折止まる。
身にまとったマントとは言えない粗末な布の中に声をかける様子に、老人は

「おい、おめぇ」

男を呼びとめた。

道端から声をかけられたことよりも、そんなところに人がいたことのほうに男は驚いた。
老人は水筒を取り出した。
 「背中ががら空きじゃ。危ないのぉ」
器に注いだ水を飲んで見せてから、
「ワシに気がつかんで、この先は無事にゆけんぞ」飲めよ、とすすめた。

周囲に気を配りながら、男は老人から器を受取った。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

甘露だった。

「一休みしたほうがよさそうじゃな」

魔晄都市まで歩いてまだ2日はかかる。このまま進んで野宿するのには、あまりに危険な街道だった。

 「やっぱり、ワシの思ったとおりじゃ」
老人は嬉しそうに急ごしらえの小さなベッドをのぞきこんだ。
「ほんと、かわいいねぇ」
ばあさん、と呼ばれた女はしわだらけの顔をもっとしわしわにして笑った。屋根のある場所なんて、ご無沙汰だ。それにちゃんとした食事がテーブルにならんでいる。
「じいさん、どういうつもりだ?見ず知らずの者を・・・」
一軒屋に2人暮しの老夫婦は、通りすがりの大男に一夜の宿を与えた。
「おまえさんじゃないよ、見てみろ、このかわいい顔」
老人は男の連れていた赤ん坊を、とろけるような目で見つめた。
「何もないけれど、ゆっくり食べてちょうだい」
ばあさんの手料理がからっぽの胃袋に吸いこまれる、男はものも言わずに皿を空にした。

夜中に女のすすり泣きで目が覚めた。
「・・・生きていたら、きっと・・・今頃・・・」
「おまえ・・・」
老夫婦の話し声だった。
「私が賛成したばっかりに・・・」
「仕方ないよ、あの頃はみんな神羅の言うことに夢を持ったんだ」
男は『神羅』の一言を聞き逃さなかった。
「だから私は自分が悔しいのよ。 贅沢をしたいとか、楽をしたいとか、 そんな思い違いを叱ってやれなかったからあの子達は・・・」
「ばあさん、それを言ったらワシだって。 最後まで反対しなかったんじゃ。罪は同じじゃ。」
くらくらくらと、男は親友を思い出した。
「お前1人が悪いんじゃないよ。 わしもいる。1人きりじゃ重すぎる、一緒に、な」
すすり泣きはいつまでも青白い空気の中を漂い続けた。

朝までぐっすり眠ったのは久しぶりだった。夜中に何度かは赤ん坊のために起きるものだから、男は疲れ果てていた。
香ばしい香りに鼻腔をくすぐられて目が覚めた。
天井でファンがゆるゆる回っている。
男はそこで飛び起きた。

「おや、もっとゆっくり寝てればいいのに。ったって、すまないね、 あんたには狭すぎる寝床だったね」
ばあさんがなべをかき回しながら男に声をかけた。
男が慌てて小さなベッドを見るので、「大丈夫、じいさんが子守りしとる」また顔をしわしわにして言った。
「す、すまねぇ」
男が恐縮して礼を言うのを、ばあさんはお玉をふって遮った。
「いいのよ、あたしたちだって嬉しいんだから」

 裏口がぎーー、と開いてじいさんが戻ってきた。
「おう、おきとったか。」
腕に抱かれた赤ん坊は、けたけたと笑っている。
「すまねぇ、すっかりマリンが世話になっちまって」
「ははは、元気のいい子じゃ。わしのことを『じーじ』と言ってくれたぞ」
温かいスープを並べたばあさんが、
「マリンちゃん!」
ばら色の頬をつついて名前を呼んだ。老夫婦に相手をしてもらって、マリンはきゃっきゃっとはしゃいで足をばたつかせた。

「そうかい、そんなことがねぇ。」
すやすやと眠るマリンを眺めながら、男は老人に神羅のしたことを語った。
「このままじゃ、またどこかの町や村が燃やされちまう。」
左手に力が入った。
「それで、ミッドガルに、かい」
湯のみを包みこむ掌は、かさかさとおとがするようだ。
「行ってどうするか、今はまだわからねぇ。けど、もう止めさせたいんだ。星の命を自分勝手に食いつぶすようなことは。どんなにいい暮らしができても、他の誰かの生活を犠牲にしていいって法はないはずだからな。」

右腕が痛々しい。
虚しい銃口がこの男の失ったものを物語っていた。

ふと視線を落とした老人は、ぼそりと言った。
「潰したいか、神羅を」
灰色の瞳の奥に稲妻が走った。男は老人の殺意に自分の進むべき道を見出した。

2人は見つめ合った。

僅かの間をおいて、男は視線をそらさずに頷いた。
「・・・ミッドガルに行くのなら、【アバランチ】という地下組織を尋ねてみろ。」
押し殺した声が、男の運命の歯車を大きく回した。
「・・・【アバランチ】だな」

結局男は、じいさんの家に3晩も滞在することになった。体が言うことをきかなかった、限界だったのだ。泥のように眠れたのは、なによりばあさんが赤ん坊の世話を代わってくれたからだ。

4日目の早暁、男はまだ眠っているマリンを抱えると、じいさんに見送られて出発した。
「ばあさんに、どうかよろしく伝えてくれ」
マリンとの別れが辛くて、ばあさんはベッドの中で声を殺して泣いていた。
「しっかり、な」

つかの間の安らぎを、俺は忘れない。

ちかちかとまつげを通り越して砂粒が突き刺さる流れる泪で、視界がぼやける。進むべき方向を見失いそうだ立ち止まると崩れてしまう左腕に感じる重みだけが男のあゆみを促す。

暁の空に遥かにかすむ魔晄都市・ミッドガル、男は歩き始めた。