RoyalBlue

 

 

「あなたに忘れられない女性はいて?ヴィンセント。」

女という生き物は、どうしていきなり核心を突いてくるのだろう?
と、ヴィンセントは水割りの入ったグラスを揺らしながらため息をついた。
いつものバーで、いつもの酒を飲みながら、隣に座っている女性の姿だけがいつもと違っていた。紫がかった青色のドレスを着て、一人でカウンターに座り赤ワインを飲んでいた。透きとおるような白い肌に、黄金の髪が巻き毛となって肩に絡んで美しさを引き立てていた。上流階級を連想させる整った顔立ちが、バーのカウンターにはどこかなじまなかったが、本人はそのことをまるで気にとめていないようだった。

「あまり見かけない顔だが・・・・・・・。」
「ええ、こちらには初めてですわ。」
そんな何気ない会話から、2人は席をひとつだけ空けて並んで座った。
彼女は名前をナタリアと名乗った。
ナタリアの2番目の質問が、冒頭の台詞だった。
「男を口説くときの台詞には聞こえないが・・・・・・・。」
と、ヴィンセントが水割りをおかわりしながら答えた。
「あら、ごめんなさい。失礼でしたかしら。」
「いや・・・・・・・・・。」
ヴィンセントの脳裏に、白衣を着たあの人の姿が浮かんだ。近頃は以前とは違い、おだやかな表情がなぜだか浮かぶようになった。・・・以前は、泣いている顔しか思い浮かばなかったのに・・・。
「もしよろしければ聞かせていただけないかしら?その方のこと。」
ヴィンセントが苦笑いをした。
いったい何を話せというのだ?話すほどの思い出すら何も残されてはいないというのに・・・。
「あまり楽しい思い出ではない?」
ナタリアがヴィンセントの表情を読み取ったようだ。
「いや・・・。語るほどのことが何もないだけだ。・・・男女の関係ではなかった相手のことなのでね・・・。」
「片思い、ということですの?」
思わずヴィンセントが笑いをかみ殺した。

あれを片思い、と呼ぶのか・・・・。

「ごめんなさい。あなたには辛いことのようですわね。」
ヴィンセントは黙って首を振った。
「私には、片思いだの恋を語る資格などない・・・。」
「資格なんて・・・・。」
ナタリアが軽く首を振った。
「今度はあなたの話を聞かせてはもらえないか・・・?」
ヴィンセントが優しく語りかけた。
「あたくしの・・・?」
そう言うと、ナタリアはちょっと困ったように首をかしげて右手で左手の薬指を撫でた。薬指につけられているその指輪は、ヴィンセントの目にもはっきりとわかるくらい、高価なそのドレスには不似合いな安物の、ガラスの石がついた指輪だった。
「あまり楽しい話ではありませんわ・・・。」
そう言うと、彼女はゆっくりとワインを飲み干した。

 

あたくし、こう見えても『お嬢様』でしたのよ。

大きな屋敷に広い庭。ええ、使用人も何人かいましたわ。父も母も、あたくしのことをとても大切に育ててくれましたの。何しろ一人娘でしたし、当然といえば当然ですわね。後継ぎがあたくししかいなかったわけですから。
あたくしが18歳のときですわ。父があたくしの婚約者を連れてきたのは。父は男子の後継者を望んでいましたから、あたくしのことを早くに結婚させようとしましたの。その方はあたくしより10歳ほど年上で、父の部下でしたわ。とても穏やかな方で、静かに笑う方でした。あたくしもその方は別に嫌いではありませんでしたし、結婚てそういうものだと思ってあきらめていましたの。
でも・・・・。人生って、人の出逢いって、不思議なものですわね。

彼と出会ったのは、あたくしが初めて入った店の中でしたわ。彼はそこで働く従業員で、あたくしは客でしたの。でも、その店はあたくしにとっては運命の場所でしたわ。結婚式を控えて、少しばかり冒険をしたかったのかもしれませんわね。今まで入ったことのないお店にしかも一人で入りましたのよ。そこはお酒やお食事をする場所でしたけど、音楽も流れていて、ジュークボックスといいましたかしら?彼はその機械を修理していましたの。

・・・恋に落ちるのって、一瞬ですわね。
でも、そのときは恋だなんて、わかりませんでしたわ。

次の日から、あたくし、その店に毎日通いましたの。もちろん、彼に会うためですわ。彼はあたくしのことをただの客として扱っていましたけど、あたくしにとってはそれで充分でした。彼があたくしのことをどう思っていたかなんて、想像もつかないくらい、あたくしは子供だったのですから。

そんな時間を3ヶ月ほど過ごしたころですわ。
結婚式の準備があるからと、家から一歩も出られなくなりましたの。父も母も、気がついていたのですわ。
でも、1週間彼に会えなくて、気が狂いそうになりましたの。
そしてね、家を抜け出しましたの。何も考えてはいませんでした。ただ彼に会えればそれで良かったのですわ・・・。

そこまで話し終えると、ナタリアはふうっとため息をついた。甘い吐息が一瞬ヴィンセントの鼻をくすぐった。
「・・・今考えると、本当に子供のすることですわね。家出なんて。でもまさか、彼もあたくしのことを想っていてくれていたなんて、夢にも思っていませんでしたの。」
ナタリアはそう言うと、視線を宙にうつした。

家出の次は、駆け落ちですわ。
着の身着のまま店を2人で飛び出して、彼のオートバイで逃げましたの。
そしてそのまま知らない町で2人だけで結婚式をして・・・、2人で暮らし始めましたわ。2人で仕事をみつけ、住み込みで働きましたの。彼は料理が上手でした。家事なんて何もわからなかったあたくしに、彼は丁寧に教えてくれましたわ。
お金はなかったけれど、幸せでした。

でも、彼がある日、こう言いましたの。
『神羅の兵士に志願するよ。そうすればもっといい暮らしが出来るようになる。ナタリアに以前のようなドレスを着せてあげられる。水仕事もしなくていいんだ。ナタリア、君の白くて柔らかな手が荒れなくて済むんだ。』
もちろん、泣いて止めましたわ。
だってあたくしは綺麗なドレスやアクセサリーよりもずっとずっとすばらしい物を手に入れたんですもの。以前のような暮らしに戻りたいと考えたことなんてありませんでしたわ。でも、彼はそうは思ってくれませんでしたのね・・・。
その3日後、彼はあたくしのもとを発ちましたわ。

そしてそのまま、帰ってはきませんでした。

何もかもなくして途方にくれていたあたくしを、迎えにきてくれたのは元の婚約者でしたわ。だって彼は父の部下ですもの。家に帰ることは、別に苦痛ではありませんでしたわ。だって、以前のように着飾ったあたくしの姿を、一番見たがっていたのは他ならぬ彼でしたから・・・。

「男の方は馬鹿ですわ・・・。あたくしの・・・、女性の本当の気持ちなんて、なにひとつわからないまま去ってしまいましたわ。」

ナタリアの瞳にかすかに涙が光ったように見えた。
彼女の言葉に、ヴィンセントは胸倉をぐっと掴まれた思いがした。
「・・・そのとおりかもしれないな・・・・・・。」

あの人の望みがなんだったのか・・・。私には今もわからぬままだ・・・。

ヴィンセントのかすかな囁きにナタリアがにこっと微笑んだ。
「でも、女も愚かなのは同じですわ。永遠を誓ったはずなのに、その想いを抱えたまま生きていくこともできない、それならいっそ忘れることもできませんの・・・。」
「・・・それは、他に愛する相手ができた・・・と?」
ナタリアは否定も肯定もせず、黙ってうつむいたままだった。
「まだ・・・わかりませんわ。でも、ひとつ言えることは、彼との時間は止まったまま、もう二度と動き出すことはないのです。けれど、あたくしはこうして生きています。あたくしの時間は・・・流れているのです。」

「悲しいものだな・・・。生きていくということは・・・・・。変わらずにいられるものなどなにもない・・・。」
ヴィンセントはそう言ってグラスを一気に飲み干した。

そう、だから私はあのとき自分で自分の時間を止めた。永遠にあの人のことだけを想っていられるように・・・。
だが、目覚めた以上、時間は流れる。
川底に沈む石でさえ、その姿を永遠には留めてはいられない。
ヴィンセントにはナタリアの悲しみが理解できるような気がした。

「・・・もう帰らなくてはなりませんわ。迎えが参りますの。あなたとお話できて良かった気がいたしますわ。ヴィンセント・・・。」
優雅な仕草でそっと椅子から腰を下ろすと、静かな店内にナタリアのヒールの音が響いた。
「ごきげんよう、ヴィンセント。」
その声に、そっとヴィンセントも右手を揚げた。

いっそもう一度長い眠りにでもつこうか・・・?
それともこの罪深い身体ごと、いっそ海の底に沈めてしまおうか・・・。
あの人と共に、永遠にいられるのなら・・・。

あの人だけを、永遠に愛せるのなら・・・・。

fine