Sundybrown

 

 

 

「お、お、お願いです、ヴィンセント先生。わ、わたしの病気を治してください!」
TシャツにGパン、よく日焼けした肌に黒い髪、ブラウンの瞳、化粧っけのない顔、おそらく20代後半ではありそうなのに、少女のようなあどけなさの残っている女性だった。
その女性はヴィンセントの診療所・・・とは名ばかりの小屋(?)に来るなり、いきなりそう言ったのであった。

ヴィンセントは休憩にしようとコーヒーカップに手を伸ばしたところだった。
その手が一瞬止まった。
「・・・・とにかく、まずは座った方が良いと思うのだが・・・・。」
と、ほとんど変わらないその表情のまま、ヴィンセントはその女性に言った。

「あなたの分もコーヒーをいれましょう。・・・失礼だが、お嬢さん、名は?」
入り口のところで真っ赤になって立ち尽くしていたその女性は、ヴィンセントにそう言われ、はたと気がついて部屋の中を見渡し、患者用の質素な椅子に腰掛けた。

「ご、ごめんなさい。いきなり押しかけてきて・・・変なこと言い出して・・・。」
「・・・・・・。」
ヴィンセントは黙って首を横に振った。
「そ、そうですよね。ご、ごめんなさい。わたし・・・さっきから変なことばかり言っていますよね。」
「・・・いや。」
二人分のコーヒーを入れながら、ヴィンセントは静かに答えた。

 

「わたし、サンっていいます。ゴンガガの小さな村から来ました。」
多少の落ち着きを取り戻したのか、彼女は静かに語り始めた。
コーヒーカップを握る小さな手は、ふだん土仕事が多いのか、痛そうに荒れていた。無数の小さな傷跡、その上を更に覆う皸。傷口の奥深くに入り込んだ泥。
ヴィンセントの視線に気づくと、彼女はそっと手を隠した。
「いつも・・・畑で働いているから・・・。洗っても土が取れなくて・・・。」
ヴィンセントは静かに首を左右に振った。
「・・・ゴンガガの、小さな、自然が豊な村で一度あったと記憶しているが・・・。」
ヴィンセントの口から故郷の名が出て、サンは少しほっとしたように話を続けた。
「覚えていてくれたんですね。先生が魔光の後遺症の方たちを診察しに来てくれたとき、お手伝いをさせていただきました・・・。結局、魔光以外の病気の人も、皆で診てもらっちゃって・・・。感謝していました。」

ヴィンセントは、ゴンガガの豊な緑とは裏腹に、作物の育ちにくい大地に根付いて働く人々を思い出していた。彼らの顔は皆日に焼けていて、その顔に深い皺が刻まれていた。

サンのことをヴィンセントが特別気にかけていたわけではない。その村にはサン以外、若者と呼べる者がいなかったのだ。ほとんど皆、老人だったのだ。
ヴィンセントの表情から、考えを読み取ったのか、サンが話し出した。

「私・・・あの村に拾われたんです。」

「まだ生まれて間もない赤ちゃんの頃、村の入り口のすぐ側で泣いていたそうです。入れられていた籠の中に、名前を書いた紙と手紙が入っていたそうですが、記憶があるわけではないし、特にそのことを気にかけたことはないんです。私を拾ってくれたおじいちゃんやおばあちゃんは私のことをすごく可愛がってくれたし、村の人たちもみんなよくしてくれました。村は裕福ではないけれど、毎日一生懸命畑を耕して、野菜を収穫して暮らしていて、幸せでした。日々の暮らしに、何も疑問をもたずに、今まで暮らしてきました・・・。
あなたに・・・・会うまでは。」

「・・・もう一杯、お茶をどうかな?」

声を詰まらせたサンに、ヴィンセントが優しく声をかけた。

サンは真っ赤になったまま、黙ってうつむいた。

「先生は、気がついたと思うんです。私の村が、私以外はみんな老人ばかりだってこと。おじいちゃんの話では、若い人はみんな出稼ぎに行ったまま、帰って来ないって・・・。気がついたら、こんな老人ばかりの村になってしまったって、笑ってました。でも、私、おじいちゃんの言っている意味がよくわからなかったんです。若い人って言われても、見たことがないし・・・。おばあちゃんも、私のこと『可哀想に、ここでは恋をすることも出来ない』って言ってました・・・。その意味も、よくわからなかったんです。自分と同じくらい若い人に、初めて会いました。
でも、それだけじゃないんです。」

オナジクライワカイという言葉が聞こえたとき、ヴィンセントはサンに気づかれないよう苦笑いをした。なぜならサンの表情があまりに真剣だったから。

「先生が帰ってから、私、ずっと、ずっと、もう一度会いたい・・・って思っていました。畑仕事も何も手がつけられなくて、ずっと、先生のことばかり考えていました。食事も取れなくなって・・・そうしたら、おばあちゃんが、『それはヴィンセント先生じゃないと、治せない病気なんだよ』って教えてくれました。だから、ここまで来たんです。
お願いです、先生。私の病気を治してください・・・。」

話を黙って聞いていたヴィンセントが、ふっとため息をもらした。

さて、どうしたものか・・・

 

 

 

 

 

 

 

彼女が話し終えた後、ヴィンセントは表に『本日休業』の札を出し、白衣を脱ぎ、いつもの黒い服に着替えていた。その間一言も話さないヴィンセントを見ながら、サンは自分がここへ来たことで村の皆が困っていないかと、窓の外を時折眺めていた。
笑顔で見送ってくれたおじいちゃん、村のみんな・・・。旅費にしなさいと自分の大切な指輪をくれたおばあちゃん・・・。なのに今、ヴィンセントは一言も話してはくれず、サンはどうしていいかわからなかった。
ヴィンセントにとっては自分はただ迷惑なだけの存在なのかと、ここに来たことを後悔し始めていた。それでも、サンの瞳に映るヴィンセントの姿はただ美しく、サンは心臓をしめつけられるような痛みを感じた。
早く治してもらわなきゃ・・・。治ったら、すぐに帰るからね・・・みんな。

「・・・さて、行こうか。」
と、ヴィンセントの台詞に、サンはびっくりして顔を上げた。
「い・・・行くって、どこにですか?」
ヴィンセントは少し考えながら言った。
「・・・・治療だ。」

「あ、あの、ヴィンセント先生、いったいどこに行くんですか?」
ヴィンセントの運転するジープの助手席で、サンが体を左右に揺られながら聞いた。
「・・・・・・・・・。」
ヴィンセントは黙ったまま、少し微笑んだように見えた。
「・・・着いたぞ。」
ヴィンセントが車を止めたのは、『アイテムその他なんでもあります・ベリンダの店』と看板のかかった店の前だった。
「あ、あの・・・・・・・・。」
と、サンが口を開きかけると、店の中からこの店の店主と思われる女性が出てきて、ヴィンセントにそっとキスをした。
「久しぶりね、ヴィンセント。今日はどうしたの?」
「・・・久しぶりだな。ベリンダ。」
金髪の美しい女性だった。サンを見ると、にこっと笑った。
サンの鼓動が、早くなった。どきどきして、心臓が壊れそうだ。
私、重症なのかもしれません。
「ふ〜〜〜〜〜ん。あなたが昼の私の店に来るはずがないし、ってことはこちらのお嬢さんがお客様ってワケ?」
そういうと、ベリンダはサンを上から下までじろりと見た。
「いい色に焼けてるわねえ。」
サンは思わず真っ赤になって視線をそらした。
「この女性に服を2,3枚みつくろってくれ。」
「いいわよ。どんな服がいいのかしら?セクシーなドレスがいいかしら?」
「・・・まかせる。その辺を歩ける程度のものならいい。」
「いいわ。さあ、あなた、中へ入って。殿方は外でお待ちなさいね。」
「かまわん・・・。」
そういうと、ヴィンセントは車に乗り込んだ。サンは何がなんだかわからないといった様子で、店の中へと入っていった。
振り返ると、ヴィンセントが静かに微笑んでいた。

「ところで、あなた、名前は?」
「あ・・・・、サンです。」
「ふうん。ヴィンセントにしちゃえらく若いのに手を出したわね。トシはいくつなの?」
「え・・・、26です。私、先生の患者です。」
ベリンダがきょとんとした顔をした。
「患者・・・?あなたいったい何の病気なの?そうは見えないけど。」
「・・・胸が・・・くるしいんです。しめつけられるみたいに。急にどきどきしたり・・・。涙が出てきたり・・・。食事も取れなくなって、村にお医者さんもいなくて・・・。それで、おばあちゃんがヴィンセント先生なら治せるからって・・・。」
「で、はるばるやってきた、と。ふうん。ヴィンセントしか治せない病気・・・・ね。今までそんなことは一回もなかったの?」
ベリンダがにやりと笑った。
「ありません。初めてです、こんなこと。」
「まあ、そう・・・。で、ヴィンセントに会って、どうなの?治してもらったの?」
「いえ、まだです。話をしただけです。」
「そう・・・・・。」
「でも・・・・・。」
「でも、なに?」
「早く治してもらわないと、私、先生のところにきてからますます悪くなっているみたいなんです。それに、早く村に帰らないと、きっとみんな心配してます。」
ベリンダがやれやれと天を仰いだ。
「あのね、あなたは体がどこも悪くないと思うわよ。きっと。だからそんなに焦らなくても大丈夫。・・・問題は・・・そう、心の方ね。恋の病、ね。」
「恋の病・・・・・・・・・?」

「話がそれちゃったわね。さあ、好きな服を選んでちょうだい。」
ベリンダはそう言って、服が並んでいるクローゼットを指差した。

 

 

 

 

 


「・・・・・似合っている。」
え?と思わずサンは顔を上げた。
レストランの片隅の席で、ヴィンセントとサンは向かい合って食事を取っていた。特別正装で来なくてはならないほどの店ではないが、店の中は古めいた調度品に彩られ、クラシックが流れていた。
そもそもレストランに来たこと事態、初めてのサンにとっては料理の味もわからないほどに緊張していた。慣れない料理を食べながら、サンはベリンダが選んでくれた白のスーツを汚さないように必死だった。
ましてや、ヴィンセントと向かい合って座ること20分。二人の間には会話らしい会話がなかった。サンはレストランの内部から運ばれてくる料理のひとつひとつに感動していて、ヴィンセントはただその様子を眺めていた。
「なんですか?ヴィンセント先生。」
「・・・先生と呼ぶのは止めてくれ。」
「じゃあ、なんて呼べばいいんですか?」
「・・・ヴィンセント、で、いい。」
「ヴィンセント・・・・・・・・・・・。」
サンはその名前を発音したとき、耳まで赤くなるのを感じた。顔が熱い。胸がどきどきする。

これが、ベリンダさんの言っていたことなんだろうか・・・?

 

__「恋の病・・・・?って、私の病気の名前ですか?」
__「そうよ。あなたはヴィンセントに恋してる。好きなのね。彼のことが。あなた、ヴィンセントに会いたくてここまで来たんでしょ?だったらそれを彼に伝えるまで、それは収まらないわよ。」
__「好き・・・・・・・。」
__「彼に会いたいと思う、会えたら今度は話をしたいと思う、声を聞きたいと思う、声が聞けたら今度は触れたいと思う、その手に触れたい、肩に触れたい、と思うでしょ。触れて欲しいと思う、キスしてほしいと思う、抱きしめて欲しいと思う・・・。きりがないわね。相手の全てが欲しいと思うことが恋なのよ。」

__でも、ヴィンセントには・・・。

 

「あの・・・聞いていいですか。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「さっき、似合っている、と言ったのは、もしかして、私に、ですか?」
ヴィンセントは一瞬、サンと目を合わせ、黙ってうなずいた。
「ベリンダさんが選んでくれた、この服・・・・ですか?」
再びヴィンセントは黙ってうなずいた。
それでも、サンの頬は上気してふわふわと体が浮いていくようだった。後から考えればそれはサンが初めて飲んだ赤ワインのせいでもあったのだが、それでもサンは今までに感じたことのない満たされたものを感じた。
「・・・嬉しいです。ヴィ・・・ンセントにそう言ってもらえて。」
そういうと、サンはそのままじっとヴィンセントを見つめていた。ヴィンセントの姿、立ち振る舞い、仕草、そのひとつひとつの全てがサンには輝いて見えた。しっかりと目に焼き付けておこうと思っていた。

このまま時が止まればいい・・・・。このままずっとヴィンセントを見ていたい。このままヴィンセントと二人でいたい・・・・。

さっきから頭に浮かぶのはそれだけだった。この気持ちが『好き』なんだと思う。ベリンダさんの言っていたことのひとつひとつが現実になってくる。村にいるときはただもう一度会いたいとそれだけを考えていて、それが何なのかはわからなかった。でも、今ならわかる。私はヴィンセントのことが好き・・・・。好き・・・・・。

「好き・・・・・・です。」
その思いが、思わず言葉に出てしまっていた。だが、ヴィンセントがその言葉をどんな表情で聞いていたのかも、なんと答えたのかも、サンにはわからなかった。なぜなら、次の瞬間、テーブルに突っ伏して眠ってしまったからである。

テーブルには、いつのまにか空になったワインの瓶が置かれていた・・・。

 

 

 

 

 

 

 

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ヴィンセント先生様

突然このような手紙をおだしすることをお許しください。

私は、先生が以前診察に来ていただいたゴンガガの村の者です。その節はありがとうございました。あのとき、先生のお手伝いをした娘を覚えておいででしょうか?あの者は私の孫です。可愛い私のたった一人の孫であり子供です。
率直に申し上げます。あの子―サンはヴィンセント先生をお慕い申しております。心よりヴィンセント先生を好いております。
先生がお帰りになられてから、あの子は食事も喉を通らない有様で、私どもはもう見ていられません。先生もお気づきになられたでしょうが、この村には老人しかおりませぬ。あの子は今まで年齢相応の過ごし方を知らずに育ってきました。育てられた恩に報いるためと、毎日一生懸命働いてくれます。私達もあの子の気持ちが嬉しく、今まで過ごしてまいりました。ですが、このままではあの子は一生この村で、友人と遊ぶことや、買物やおしゃれといった年頃の娘らしいことはなにひとつ知らずに、結婚も・・・いえ、男性に愛されることすら知らずに暮らしていかなければなりません。それが不憫でありません。
何より、このままここではいづれあの子は一人ぼっちになってしまいます。私達があの子より長く生き長らえる事などありえないのですから。
どうか、どうか、ヴィンセント先生様、サンをお側に置いてあげてくださいまし。よく働く子です。とてもとても良い子です。優しい子です。私達はあの子がもうここには戻らずとも構いません。あの子が幸せになってくれればそれで良いのです。
身勝手なお願いとは百も承知のことですが、どうか、どうか、老い先短い老人のただひとつの願いでございます。サンに幸せになって欲しいのです。どうか、どうか、お願いいたします。

 

 

酔いつぶれ、ヴィンセントのベッドで眠るサンの傍らでヴィンセントはため息をついた。窓辺に置かれた質素な机と椅子、それにベッドと小さなクローゼット、それだけの物しか置かれていない部屋だ。

数日前にヴィンセントの元に届いた手紙を、月明かりの光だけで何度も読み返していた。

「・・・これが、愛情というものか・・・・・。」

赤の他人にとっては身勝手とも呼べるその願いをヴィンセントは目の前に突きつけられていた。

思わず窓の外に浮かぶ月を仰いでみる。

青く輝く月の回りに雲が流れていくのが見えた。

時間はとうに深夜をまわっていた。もとより、常人並みの体ではないので、睡眠時間はほとんど取らなくても差し支えがなかった。
サンがう〜んと唸って寝返りをうった。スーツのまま寝かせたので(まさか脱がせるわけにもいかない)寝にくいのかもしれない、ヴィンセントはふとそう思った。

幸せ、という言葉をヴィンセントは口の中でつぶやいてみた。

「ヴィンセント先生・・・・・・・・・?」

月明かりしか入らない部屋の中で、サンが目を覚ました。頭を抑えながら体を起こす。

「ヴィンセント先生・・・・・・・・・?あ、の、私・・・・・・・・・・・。」

わけがわからない、といった表情をヴィンセントに向ける。

「・・・酒が飲めないとは知らなかった・・・。すまない。レストランで眠ってしまったのでここまで運んで来た。・・・それだけだ。」
「え!?私、眠っちゃったんですか?・・・・・ごめんなさい、また、迷惑をおかけして・・・・。」

サンは慌ててベッドから起き上がって改めて自分の姿を見直す。せっかくのスーツが皺がよってしまい台無しだ。

「せっかくの・・・スーツもこんなにしちゃって・・・・・。」

「・・・気にしなくていい。」

サンは今にも泣きそうな顔でヴィンセントを見つめていた。ヴィンセントは黙って外を眺めている。怒っているのだろうか・・・?それすらもサンには検討がつかない。こんなに近くにいても、サンはヴィンセントについて知らないことが多すぎた。

「ごめんなさい・・・・・・。」

サンに言える言葉はそれだけだった。後悔の思いが頭の中に駆け巡った。わざわざここまで来て、迷惑ばかりかけている。ヴィンセントにとって自分はさぞやっかいな存在だろうと考え、サンは今にも泣きたい気分だった。

「・・・夜が明けたらすぐに村へ帰ります。」

サンが振り絞るように告げると、ヴィンセントは視線をサンに移した。

「・・・それならそれで構わないが・・・・・。貴方がそうしたいのなら・・・・・・。」

ヴィンセントは言いかけて立ち上がり、サンに先ほどの手紙を渡した。

「これは・・・・・?」
「貴方のご家族から届いた私宛の手紙だ。」
「え・・・・?読んでも・・・・いいですか?」

ヴィンセントは黙ってうなずいた。

手紙を読み終えると同時に、サンは両方の瞳から大粒の涙をぽたぽたと落とした。

「おばあ・・・・・ちゃん・・・・・。」
「貴方の幸せを、皆、望んでいる。貴方がしたいようにすべきだと思う。ここにいたければここにいて構わない・・・・・。だが・・・・。」
サンは手紙を抱きしめて泣き続けていた。
「だが・・・・私は、貴方の村の人間以上に、貴方を愛することは、出来ない・・・・・・・・・・・・・。」

 

 

 

 

 

 

 

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「おはようございます。」
診察室の長椅子でヴィンセントが仮眠を取っていると、サンがカーテンを開け声を掛けた。
「もうお日様が昇ってますよ。」
名前の示す姿そのままに、サンには太陽の光が良く似合っていた。日焼けした肌も黒い髪も太陽の光に良く映えた。
「夕べはすいませんでした・・・。先生のベッドを占領してしまって・・・・・・。だから先生、椅子で寝ていらしたんですよね・・・・・。」
サンはぺこりと頭を下げた。
ヴィンセントは返事の代わりに軽く頭を振った。
「ご迷惑ついでで申し訳ないんですが・・・、少しの間、ここにおいてもらってもいいですか?怪我の治療とか・・・覚えたいんです。」
ヴィンセントは椅子からゆっくりと起き上がり、サンの方を見た。長い髪が絡みつく。
「好きなだけいるがいい・・・・・。怪我の治療といってもマテリアを使った簡単なものだ。すぐに習得するだろう・・・・・。」
「ありがとうございます。」

 

それから一週間はおだやかに過ぎた。

ヴィンセントの診療所に訪れる患者はそう多くはない。ヴィンセントが彼らを治療しているのをサンはじっと眺め、ときに手伝ったりしていた。サンはとにかくよく動き、働き、ヴィンセントを驚かせていた。
患者のいないときは診療所の隅から隅を磨き上げ、天気が良ければシーツや枕カバーを洗濯し、アイロンをかけ、そのあいまにヴィンセントにコーヒーを入れ、食時を作る。器具の消毒からマテリアの使い方まで全てを会得するのにそう時間はかからなかった。

サンがヴィンセントのところに来てちょうど一週間目の午後、その日は朝から患者がほとんどおらず、開店休業の状態だった。ヴィンセントがコーヒーを飲み終えるのを待つようにサンが切り出した。
「私・・・・、明日、帰ります。」
「・・・・・・・・・・・そうか。」
「マテリアの使い方も出来るようになったし・・・、おばあちゃんたちも・・・きっと、待ってると、思うんです・・・・・・。先生は、私に好きなだけここにいていいって、言ってくれました。私もそうしたいです。先生の仕事をお手伝いしたりするのは楽しいし、何より、先生と一緒にいられるのは嬉しいし・・・。でも、やっぱり、ここは私の場所ではないから・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「ここにいる間、何度もおばあちゃんの手紙を読んで・・・・・、ずっと考えていました。私の幸せってなんだろうって・・・。おばあちゃんは、私の気持ちを考えて、先生の側にいるのが私の幸せだって思ったんですね。だからここに来るよう私に言ったんです。だから・・・、私、ここにいて考えました。
でも、不思議と村のみんなのことばかり考えてしまうんです。ああ、今ごろ畑に出る時間だなとかごはんの支度どうしてるかなとか・・・。洗濯物干すの、大変なのに大丈夫かなとか・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
ヴィンセントは黙ったまま椅子から立ち上がり、ドアの外側に『本日休業』の札を出した。
サンが続ける。
「だからきっと、それが答えなんだと思いました。私の幸せは、ここではなくて村にあるんです。大地に根付いて生きるのが一番私らしい生き方なんだと思います。これからもずっと、私はあそこで暮らします。・・・・・・でも・・・・、でも・・・・・・・。」
言葉に詰まったサンの瞳に涙があふれた。
「今も胸が苦しいんです。私の病気はそのままなんです・・・・。先生が好きです。ずっとここにいたい・・・、でも、明日になったら、先生のことがもっと好きになって、もっと苦しくなって、もっと帰りたくなくなる・・・。」

ヴィンセントはそっとサンを抱きしめた。

「すまない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「どうして先生が誤るんですか?先生は何も悪いことをしていないでしょう?先生も私の幸せが何か考えてくれていたんでしょう?だから食事に連れて行ったり服を買ってくれたりしたんでしょう?私のことを愛せないから・・・・謝るんですか?」
返事の代わりに、ヴィンセントはサンを抱きしめる腕に力を加えた。
サンの背中は華奢という言葉が良く似合っていた。
「だったら・・・愛せなくてもいいから、思い出を下さい。今日だけ・・・私のことを恋人にしてください。私だけの先生でいてください。・・・・お願い・・・・・・・・・・・ヴィンセント。あなたが・・・・欲しい。」

ヴィンセントはサンの涙を優しくぬぐうと、触れたら折れそうなその体をふわりと抱き上げ、寝室のドアを開けた。

 

 

 

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翌朝、ヴィンセントが目を覚ますとサンは既に支度を整え、荷物をまとめていた。
朝の光を背に受けたサンがヴィンセントに優しく微笑みかけた。
「もう朝ですよ。」
ヴィンセントは慌ててベッドから降り、服を着た。
サンがその様子を見てくすくす笑っていた。
「ヴィンセントのそんな慌てた姿、見られるとは思ってなかった。」
サンに背を向けながら、ヴィンセントが聞いた。
「すぐに経つのか・・・・・?」
「はい。」
「車で送ろう・・・。待っていてくれ。」
「はい。」

「これを持っていくがいい。」
と、ヴィンセントがサンに渡した物は『ケアル』のマテリアだった。
「え・・・、だってこんな高い物・・・・。いいんですか?」
「村で役に立つだろう・・・。」
「ありがとうございます・・・・・・・・。」
サンはそう言うと、深深と頭を下げた。
「・・・最後にひとつ、聞いていいですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「先生が愛しているのは、枕もとの写真の・・・、白衣の女性ですか?」

ヴィンセントは返事の代わりに黙って頷いた。

「お綺麗な方ですね。」
「・・・・・・・・私の勝手な想いにすぎない。」
「片思いですか?じゃあ私と一緒ですね。」
「・・・・・・・そうだな。」
ドアを開けようとして、サンがふと足を止めた。

「また・・・・・・・・、会いに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

言いかけてそのままドアを開け、外にあるヴィンセントの車へと向かった。

 

ヴィンセントが少し遅れて運転席に乗り込む。その手にはひまわりの花が握られていた。
それを黙ってサンに手渡した。
「これ・・・・私に?」
「一番似合うと思ったのだが・・・・・・・。」
「ありがとうございます。嬉しい・・・・・。本当に。」
二人を乗せた車がゆっくりと走り出した。

 

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