Home> 日記 > 尼崎都市・自治体問題研究所 理事 安田 ただし さん

尼崎都市・自治体問題研究所 理事 安田 ただし さん

  • 2013年5月18日 18:36
  • 日記

尼崎医療生協機関紙
「にじと健康」2008年1月号より引用
(ここから)

 1955年の東尼崎診療所建設、64年の東尼崎・潮江診療所建設、65年以降は民主保育園の建設、83年には喜楽苑(長洲)の建設に関わってきた安田義さん。
 労働組合の書記長をしていた1951(昭和26)年に東洋精機をレッドパージ※された後、「市民の目から民主勢力の姿が消えた。要求と運動の拠点づくりが大切」と、市民の生活と健康をまもる拠点としての診療所、共稼ぎ世帯の切実な願いであった保育所、全日自労(失業対策事業に従事していた労働者による労働組合)の「老後が心配」という声を受けた特別養護老人ホーム建設などに、関係団体や個人を束ねながら係わってきました。

※レッドパージとは:
 レッドパージ(red purge)は、第二次世界大戦後の1950年(昭和25年)から翌年にかけての日本において、連合国軍最高司令官総司令部マッカーサー総司令官の指令により、共産党員とシンパ(支持者)が公職や企業から次々に追放されたことを指す。1万を超える人々が失職した。

「民主運動に理論的裏づけを」と研究所つくる
 80年からは潮江再開発問題に係わり、88%を占める借地借家人や商売人がその地で生活し続けることができることを求め、当初案を白紙撤回させ、住民推薦の学者も入った検討会がつくられ、市営住宅併設の再開発を実現させました。
 有志とともに尼崎都市・自治体問題研究所を設立、安田さんは理事をされています。

走り回って半世紀
 さまざまな運動団体がある尼崎で、「提案型のまちづくりを拡げたい」と、地域と共生する商業研究(コア潮江など)、災害時要援護者の防災を考える運動(長洲)、常光寺小学校跡地利用検討......、まちづくりの運動のあるところに80歳を過ぎても元気に走り回る安田さんがいます。
(ここまで)

http://www.amagasaki.coop/nijiback/niji2008_01.html#200801_14

トラックバック:0

TrackBack URL for this entry
http://rocket-port.com/mt/mt-tb.cgi/168
Listed below are links to weblogs that reference
尼崎都市・自治体問題研究所 理事 安田 ただし さん from ダイニングルームのひとりごと

コメント:0

Comment Form

Index of all entries

Home> 日記 > 尼崎都市・自治体問題研究所 理事 安田 ただし さん

カテゴリ
アーカイブ
購読
Powerd By

Return to page top