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商店街のお店

  • 2009年6月 2日 12:11
  • 日記

三和・中央商店街のすぐ近くで仕事をするようになって、見つけたことや感じることがたまってきました。

何より感じていることは閉店時間です。6時30分まで勤務して帰宅の途につくと、商店街はすでに店じまいです。大規模小売店の夜10時ぐらいまで営業しているのや、コンビニが生活に当たり前の近頃からすると、いかにも早い閉店だなーと思いました。

しかし、これこそが人間のあるべき生活なのではないかと感じるようになってきました。

家族が揃って晩御飯を食べる、このことを多くの日本人が大事に考えていないように思います。企業に勤めて結構な給料をいただいても、長時間勤務で休日は起き上がることもできない夫族。結果、家族のために働いているのに、なんだか報われないなんて本当に「豊か」なのかしらんと思います。

大変失礼な言い方ですが、商店街の多くは自営、個人商店で、日々の安定感や老後の備えは、月給取りに比べると不安定なところがあるのではと思います。月々の資金繰りや毎日の売り上げの心配は月給取りにはわからない厳しさがあると思います。

しかし、家族揃って人間らしい時間帯に晩御飯を食べる。これは豊かなことだと思うんです。

お母さんが家にいるのが当たり前だった昔、小学生ぐらいの子達はお昼ご飯を家に食べに帰っていたと聞きました。

お母さんが家にいる理由は、仕事場がなかったから、とか、女性が結婚後も正社員として働き続けることが普通ではなかったなど、さまざまなことがあります。昔は昔として、今の現実を見れば、世帯に働き手が2名いる。つまりは収入も多くなっている、だから一方の働き手(多くは夫)一人に責任がのしかかっていない、喜ばしい事態のはずなのに。

妻も働くのだから夫は自分の働き方を見直せばいいのに。

企業に勤める人たちは、そうはならない。二人で働いて経済的に豊かになるはずなのにどうして妻ばかりが家事を引き受けることになるのかしら。それは、もう一人の働き手が、働き方を変えることできないと思い込んでいる、または、そうしない、からと思いませんか。

働き手が2人あることを、国の施策が有益だとは考えていないのかもしれない。お母さんが働きに出たら子供や年寄りへの手当てがいるからとか、目先の言葉ばかり。

上野千鶴子や樋口恵子が提言しているように、とくに女性が正社員で働き続けることは、国にとっても負担が減ると。保険料や税金を入れるし、お給料は経済を潤すことになる。将来は年金を受け取ることで国の負担はなお減る。子育て中に保育所や学童といった補助は必要だが、トータルに見れば正社員が稼ぎ出す額、払い込む保険料、税金のほうが上回る。そういった将来的な見通しが、今の国には見られないと、私は思う。

商店街がまっとうな時間に閉店することは象徴的だ。そんな時間に閉店したら、働くお母さんは困るだろうというのは、まったく逆だ。人間らしい生活のためには、何時まで仕事をするのか、譲ってはいけないものやことまで、サラリーマンはすっかり手放しているぞとのメッセージだ。お母さんが買い物できないなら、どうしてお父さんは買い物しなくていいのだろう?そんなことはおかしいと、どうしてサラリーマンは声を上げないのか、というメッセージと受け取れないだろうか?

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