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東大落城をみた。

  • 2009年1月14日 17:18
  • 日記

大学紛争の終焉は、東京大学安田講堂の陥落に象徴される。

学生たちは将来の不利を承知で、行動を起こした。

学生たちは何を改革しようとしていたのか、講義を妨害してまで成し遂げようとしたものは何なのか。

近頃のテレビ番組にしては秀作かと評価したいが、学生運動の本質はやはり伝わらなかった。「革命ごっこ」といわれても仕方ないかもしれない。青臭い理想を掲げて、着地点を描けなかった弱みが露呈したのかもしれない。戦争に負けて、祖国を作り直す過程で朝鮮半島を、ベトナムを踏み台にしたことへの疑問や、大学教育の問題点にまでは強く踏み込んでいない。もちろんこれはルポの形式をとっていて、いずれかの立場に偏ったものには作りたくなかったという言い訳でもある。テレビなんだから、見た人が判断するしかない。

一緒にみていた中高生の我が子たちは、目を丸くしていた。「すごい」を連発していたが、何をすごいと感じたのだろう。

高校生の娘は、東大総長代理が「大学自治の放棄」を選択したことを理解した。
この時点で大学の負けではあることを指摘した。彼女の通う高校は「自主自立」が校訓なので非常に敏感だ。

中学生の息子は闘争シーンの間に鋏まれる、学生の回想シーンにひどく共感していた。小さい頃から受験戦争を勝ちつづけて、今日東大生という地位を得たが、それは本当の自分ではなかったと語るシーンに引き付けられていた。

陥落寸前に学生たちが総括として『インターナショナル」を歌う。 40年経った今こそ、「立て飢えたる者!」の呼びかけが心に染みる。動画がでているのでリンクしておくことにする。

番組に不満を言えば、おおむね、警察の佐々さんが中心にストーリーが展開するのでイヤだった。最後に「いまの若い人たちにも、もう少し熱を出してもらいたい、40度は困るけど38度ぐらいなら」ふざけるな、って。

東大1年生だった、今はどうやら国会議員になっている人にもインタビューしていて、彼女の発言が効果的なのだ。彼女はまだ平穏だったバリケードの中で「おせちつくっていました」と、悪びれもなく証言している。

あああ、革命ならず。

前川智佳子のつめの垢をせんじて飲ませたい。
彼女は部落解放同盟の糾弾集会で、「差別をしたというなら、男性のあなた方は働く女性に差別をしていないといえるのか。家に帰ってご飯の支度をする人がいたら、手を上げて御覧なさい!」と言い放った。

革命はやはり学生にはできない。前川のように、職業を持ち、かつ家庭を持った女性にしか、できないのだ。

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