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ルポ・貧困大国アメリカ

  • 2008年5月22日 14:09
  • 日記

朝のラヂオで取り上げていたので入手した。冷戦終結後、9.11を経て、アメリカという国がしてきたことの理由が明らかになる内容だった。
なーんだ、そうだったのか。
しかしわが国の前の前の首相あたりも、こういった路線をたどっておるぞ。
経済というのは何も無いところから冨が湧いてくるのではなくて、どっかのプラスはどっかのマイナス。なんだから、今までもこういった冨と貧困の分布があったのだ。
だから驚くほどのことではないのだが、富も貧困も、超大国だったアメリカの中で展開されているというのにはいささか面食らう。
良いにつけ悪しきにつけ、彼の国のありようは、わが国の20年先の姿。
わが国は、現在の政策の結果を彼の国に見ることのできる立場にあるわけだ。
それはわが国の有利と信じている。
同じ道を行くのか、違う道を探すのか。
私たち一人一人に委ねられているのだ。

「知らないこと」が問題だ、と、筆者は結んでいる。「賢い消費者」というのもキーワードにあげている。まったく同感だ。
国家の国民に対する責任の所在、これについても今わが国がしていることに、見るべきところがある。
4年連続で社会福祉に関する予算を削減しているわが国。
もっとも抵抗しないだろうところに手を入れたということだ。これもやはり、されるがままということだ。
しかし必要な費用は必要なのだ。効率が悪いから民営化するというが、なぜ効率が悪いのかというところに着目しない。「お役所仕事」と一絡げにして、批判だけする。確かにトロいけどね。

後期高齢者医療制度を例に挙げてみよう。
4月の保険料引き去りの日になってようやく騒ぎ出した。
2年も前から仕込があって、その間誰も何も言わない。
ガソリンの税制については、もう30年、暫定が続いていも誰も何も言わない、私も含めて。
消費税導入のときに少し揉めたのですが、その程度。「暫定」には触れられなかった。

所得が減って100円ショップがはやった。安いから、生活防衛になるからと。そこで買物をすることが悪循環になっていることを、誰も指摘しない。安いものを求めるから、適正な価格のものは淘汰されてしまう。そのことが自分の仕事を減らしていることに、もう気がついても良いのだが。

安いギョウザを求めたら、毒が入っていてから驚いていた。

国産材料で国内で作ったら「高い」。それはみんなが「国産」を選ばないで、安い海外産をもてはやすからだ。淘汰されて国内から製造業者が消えて、ただでさえ所得が少なくなっているのに、自分の働くべき工場が無くなっていく。ちょびっとでも得られていた所得、こうしてなくなってゆき、安い海外産ギョウザさえ、入手できないようになる。貧困は誰のせいでもなく、各自の消費行動が呼び寄せているのだよ。

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