3度目の正直 献血できました

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若いころからできなかったことの一つ。血圧低いHb低いで、献血はしたかったのですができませんでした。学校の朝礼でぱたりと斃れるクチでしたので、情けないことにダメでした。
職場の健康診断でも、どうにも数値は低く、ドクターからも「貧血を軽く考えてはいけない、どっかから血ぃが逃げているとしたらちゃんと調べてアレしなさい」と毎年指摘を受けていました。
アレすることなく、それでもちょっと健診の数字が上向いたのをいいことに、献血ルームに出向いて2度の返り討ち。
たしかにHb低いのは問題だわと、鉄分サプリを飲んで、運動もして。
1月に仕事を辞めてからわかったのですが、ものすごく体が疲れていたことに。
気持ちはあっても体が動かない、退職してから3か月ぐらいは事実上の休養期間となりました。


自覚がありました。和歌山の実家に車で行かなくなっていたのは帰りの運転がヤバかったからでした。疲れの自覚でした。
それが3月の終わりに久しぶりに車で行ったのは、自覚があったからです、体の調子が「よい」と。実際、帰りも何の問題もなく運転して帰ってくることができました。

朝の目覚めにも自覚があります。起床時間にすぱっと起きることができるようになりました。

疲れから解放された。
そこに4月14日の九州の震災。
今度こそと、塚口の献血ルームに出向いたのです。

結果はギリギリでしたが、合格。

スタッフの方が「努力したのね」と褒めてくれました。心の中でジャンプして喜びました。

女性は1年に2回、800ミリまでしか献血できません。

健康が確認されても69歳までしかできません。

ことしあと1回だけ。

なるべく長く、提供できるよう、次の機会にも無事に献血できるよう、いろんな事に気を配り過ごしていきます。

それはひいては自分を大事にすることになります。

今回は災害に対する私にできる支援の一つと理屈つけています。

理屈ついでにいえば、昨夏に大病をした大猫のクロさん。彼は治療として輸血をしてもらいました。だれから!?
ほんとう、知らなくて済むならそれはひとつ幸せですが、居るのです。
「供血猫」
輸血を必要とする患者に血を提要するために確保されている仔が。
驚きと感謝をもって、人間の私ですが、誰かのために役立てばという思いも併せて献血したのもまた事実です。

「「空から見ててね いのちをすくう"供血猫"ばた子の物語」(はせがわまみ著)」

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このページは、mazbaが2016年4月16日 18:13に書いたブログ記事です。

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